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「うるさいよ、兄さん。真剣勝負に男女は関係ないでしょ」
智兄と視線を合わさないようにしてる私に、ふふんと笑んだ純の、男らしくないその発言。
その言葉に、私は嬉しくなる。
真剣勝負に、女だからと手加減なんてしてほしくなかった。
それに、負けるなんてありえない。
だって、いまだかつて柔道で純に負けたことはないんだから。
気合を入れ直した私は、腰に巻いた黒帯をぎゅうっときつく締めなおす。
「智兄、知ってるでしょ。私が強いの」
私は女だけれども、智兄にさえ負けたことがない。誰にも負けたことはないのだ。
唯一、私が誇れるもの。それが柔道。
「そう、だけど……」
何か言いたそうに、智兄は口をつぐむ。
私はピンクの煙に包まれる智兄を直視できないまま、視界の端っこで彼の姿を捉え続けていた。
純と同じ、でも純とは違う硬質な薄茶の髪。
心配そうにじっと私を見つめる、優しい色を刷く瞳。
純に意地悪されるたび、いつも私を助けてくれた穏やかな人。
昔から誰にでも好かれて、求められて。
柔らかく包み込むような優しさに恋したのは、もうずいぶん昔の話だ。
明かしたことはないけれど、告げるつもりもないけれど、私はこの人に、ずっと恋してる。
「智兄、見てて。私、絶対勝つから」
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