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これらの渦潮の発生を爪牙が気づかなかったのは何も釣りに夢中だったからではない。
どれも何の予兆もなく発生したのだ。
置いておいたグラスがいきなり砕けたかのように、紙がいきなり燃え始めたかのように、静かな海に突如発生したのだ。
この三つの渦潮、まるで人工物である。
何らかの理由で偶然一カ所だけ発生したのなら、まだいい。
だが、偶然とは思えない等間隔での同規模の渦潮の同時発生。
そんなことが自然界で起こるとは到底予想も理解もできない。
人工的に起こしたと言ってもらった方が納得できるのだ。
「さっきいきなり方向が変わったのはあの渦潮に飲まれたからか!?」
爪牙は渦潮がなぜ発生したのかなどもう考えていない。
考えているのは渦潮に飲まれた獲物をどうやって船に引き上げるかだけだった。
ラインが渦潮の中に引き込まれていく。
ラインの残り、約二百メートル。
「爪牙! 糸を切れ! あぶねぇぞ!」
「ばかやろう! こんな大物易々逃がしてたまるか! 船だけ動かしてくれ!」
狙った獲物は逃がさない。
この男の目、まさに獣である。
「わかったが、落ちるんじゃねぇぞ!」
船が渦潮に飲み込まれないように進んでいく。
「くそ、やばいな……」
この状況で常人ならば、渦潮を心配するだろう。
だが、爪牙は手元のリールから出るラインを心配していた。
心配しても何も出来ないから心配してないのではない。
ただ単に釣りに夢中なだけだ。
この男の中では渦潮よりも釣りが優先事項なのだ。
「早すぎる」
触れれば指が切れそうな勢いでラインが出ていく。
この勢いではラインが無くなるのに数分とかからないだろう。
ラインの残り、約百メートル。
「切れるなよ……」
少しでもその勢いを抑えるために切れないことを願いながらドラグを閉めていく。
ゆっくりとカチカチと音を出しながら閉めていく。
「ぐおっ……これは腕にくる……」
ドラグをきつくしたことにより竿が折れんばかりにしなる。
だが、ラインが出る勢いは少し緩んだ。
「どっちにしろ、これは長く持たねぇ……」
ラインの残り、約五十メートル。
勢いが緩んだといっても、通常よりも数段に早い。
すぐにラインがなくなる。
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