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「ふー…………」
すぐ来るであろう衝撃に耐えられるように体を後ろに倒し、足をブルワークにかけ、深呼吸をする。
ラインの下にあったスプールの色が見えてきた。
そう確認した瞬間、ラインが無くなった。
ガチッ
「ふっ!」
ラインが無くなると同時に爪牙の両腕に力が入る。
リールがギチギチと音を立て、竿がミキミキと嫌な音を立てる。
「もってくれよおお!」
どうにか踏ん張っている状態だが、いつ切れても不思議ではない。
竿もいつ折れても不思議ではない。
魚が一瞬でも今以上の力を加えれば爪牙との繋がりは断たれるだろう。
それほどまでに現状はギリギリである。
「うっ……」
船が動き、前方にあった渦潮は爪牙の目の前まで移動していた。
目の前で見ればその渦潮の大きさがどれだけ異常かよくわかる。
その光景は恐怖以外の感情はわかないだろう。
渦潮の中心は深く、海にぽっかりと穴が開いているかのようだ。
この小型船でなくとも、船という船はこの渦潮の前では無力だ。
巻き込まれれば、後は海中に沈んでいくのを待つのみ。
例えるのならば、死の穴。
助かる見込みなどあるはずがない。
「っ!?」
「爪牙!!」
悲鳴は無かった。
だが、何かが砕ける鈍い音と、水の音。
その二つの音は他の音よりも嫌に大きく響く。
船長はその二つの音を耳にしただけで現状を理解した。
爪牙が海に落ちた。
獲物が一瞬引っ張ったからというのもある。
だが、落ちたのは別の理由だ。
ロッドホルダーが壊れたのだ。
ロッドホルダーとは、文字通り竿を固定しておくものだ。
このトローリングという釣りは、疑似餌、つまりルアーを船後部の十メートルから五十メートル前後まで離し、船を進めて行う。
なので常に竿を持っているわけではなく、このロッドホルダーに固定しておくのだ。
竿、ラインならまだいい。
だが、このロッドホルダーという代物、壊れてはいけない物である。
相当なことがない限り壊れないよう頑丈に作られている。
それが壊れた。
欠陥品、使い古した品、そうなことは砕けてしまった今となっては考えるのも無駄である。
たとえ原因がわかったとしても落ちたという結果は変わらないのだから。
どうあがいても、これがこの男の運命である。
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