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「爪牙! これに掴まれ!!」
船長が慌てて救命用の浮き輪を投げた。
が、渦潮に飲まれた爪牙には届かない。
渦潮の流れが強すぎるのだ。
更に悪いことは続き、浮き輪につながれたロープに引っかかり爪牙の荷物が海に落ちてしまった。
このまま帰る予定だったため、釣り用具、着替え、お土産、その他諸々が海に落ち、持ち物の主同様渦潮に飲まれていく。
「たすっ……せんちょっ……!」
だが、荷物どうこう以前に死んでしまっては元も子もない。
命からがらにも助かれば、荷物を失っただけの不幸中の幸い。
助からなければ、死亡事故。
死んでしまっては不運も何もないのだ。
「くそっ……なん……でっ……!」
渦潮に飲まれているのに爪牙は意外にも冷静だった。
しかし、いかに冷静だろうとも渦潮に飲まれては何も出来ない。
唯一出来ることといえば、浮き輪を掴むことだけであろう。
だが、その浮き輪も手の届かない所にあってはいくら冷静でも意味がない。
頼みの船長はただただ渦潮の中心に向かう爪牙を眺めていた。
浮き輪以外の打開策が思いつかなかったのだ。
立場が逆ならば、爪牙は迷わず船長に向けてルアーを投げただろう。
頭に刺さろうが、腕に刺さろうが死ぬよりはましである。
「爪牙っ!!!!」
発生するはずのない渦潮が発生し、今までにないほどの大物がかかり、壊れるはずの物が壊れず、壊れないはずの物が壊れる。
偶然と偶然が重なり、悲劇をもたらす。
「ぐっ――」
爪牙は己の人生を振り返ることも無く渦潮に飲まれていった。
悲鳴はない。
海中に沈んでいく中、爪牙は何も考えていなかった。
助からないことなど、考えるまでもなく理解している。
考えても打開策などない。
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