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死ぬとわかって人生を振り返るのも悲しくなるだけだ。
それがわかっているから爪牙は何も考えていない。
考えるのが怖いのだ。
結果、無意識にだが爪牙は生命を少しの間維持する行動をとっていた。
渦潮に飲まれては人の力では脱出できない。
動けばそれだけ無駄に酸素を使う。
爪牙は動かず、渦潮に飲まれた。
何かの器官を使えば、酸素を使う。
考えれば脳が酸素を、目を開けば目が酸素を使う。
爪牙は何も考えず目を閉じていた。
何らかの奇跡が起きて、海上に出ることを願いながら爪牙は息を止めていた。
「…………」
それに爪牙は窒息死が苦しいことも知っている。
この男が息を止め動かないでいるのは、その苦しみから逃げているのが一番の理由だろう。
「…………っ」
泡が一つ、爪牙の口から飛び出た。
そろそろ苦しい。
手を口に当て、空気を漏らさないように力を込める。
渦潮が爪牙を深い深い海の底へと誘う。
死へと。
そんな自身に死が迫る中、気づかずに竿を掴んでいるあたり生粋の釣りバカなのだろう。
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