第1章

3/49
前へ
/49ページ
次へ
 校長の里中が、アカリのデスクに来た。里中は五十才にしてはスマートで若々しい。エネルギーと正義感が瞳に満ち溢れている。好青年のまま年を重ねたのが、誰の目にも納得できる人物だった。  アカリは今日のおしゃれを見せるように、立ち上がった。 「お疲れ様です、校長」 「水上先生、夏休み中のセミナー予定を入れすぎじゃないか? 勉強家なのはいいけど、せっかくの休みなんだから」  特別支援教育は様々な生徒達に対応する為、常に広く深く新しい情報を勉強しないといけない。今アカリが受け持っているのは知的障害を持った中学生で、少人数クラスとは言え、個々の生徒の教育や家族へのフォローが必要だ。教育大学での講義と、四年の勤務で、アカリはかなり勉強して、日々の仕事には慣れてきたけど、まだ充分とはいえない。 「いえ、校長みたいな立派な教育者になる為に、少しでも努力しないと」 「無理はするなよ。あと、今日は一学期の打ち上げの飲み会があるから、いつもみたいに残業にはならないようにね」 「大丈夫です。今日の飲み会をすごく楽しみにしていたんです」  会話中にアカリの携帯電話が机の上で振動していた。無視しようとするアカリに、里中が電話に出た方がいいよと目配せした。 「もしもし。うん、仕事中。え? お母さんが死んだ?」  大きい声を出してしまい、里中と目があった。アカリは眉間に手を当て、深いため息を吐いた。 「うん、わかった。ちょっと今なんとも言えないけど、後で電話する」  里中に早くフォローしたくて、アカリは早く電話を切った。 「水上先生、大丈夫? 今日はもう上がっていいから」 「あの、いえ、でも・・・・・・」 「早く行ってあげた方がいいよ」 「あ、あ、あ、はい」  里中は職員室を出て行った。アカリは帰る支度をしながら、落胆した。  校舎の外に出ると眩しく、開放的な青空が広がっていた。  兄の隆が学校までハイエースで迎えに来てくれた。隆は三十六才で、アカリとは十才離れている。仕事の途中で急遽抜け出して生きたので、作業着を着ている。 ハイエースの車内は、クーラーをかけていても、少し蒸し暑い。アカリは助手席でむくれて、ヘアゴムで髪を束ねた。 「お母さんが死んだって言われても。私が物心つく前に出て行って、一度も会ったことないし」  隆は、アカリがなぜ機嫌が悪いか分からず、なだめた。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加