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校長の里中が、アカリのデスクに来た。里中は五十才にしてはスマートで若々しい。エネルギーと正義感が瞳に満ち溢れている。好青年のまま年を重ねたのが、誰の目にも納得できる人物だった。
アカリは今日のおしゃれを見せるように、立ち上がった。
「お疲れ様です、校長」
「水上先生、夏休み中のセミナー予定を入れすぎじゃないか? 勉強家なのはいいけど、せっかくの休みなんだから」
特別支援教育は様々な生徒達に対応する為、常に広く深く新しい情報を勉強しないといけない。今アカリが受け持っているのは知的障害を持った中学生で、少人数クラスとは言え、個々の生徒の教育や家族へのフォローが必要だ。教育大学での講義と、四年の勤務で、アカリはかなり勉強して、日々の仕事には慣れてきたけど、まだ充分とはいえない。
「いえ、校長みたいな立派な教育者になる為に、少しでも努力しないと」
「無理はするなよ。あと、今日は一学期の打ち上げの飲み会があるから、いつもみたいに残業にはならないようにね」
「大丈夫です。今日の飲み会をすごく楽しみにしていたんです」
会話中にアカリの携帯電話が机の上で振動していた。無視しようとするアカリに、里中が電話に出た方がいいよと目配せした。
「もしもし。うん、仕事中。え? お母さんが死んだ?」
大きい声を出してしまい、里中と目があった。アカリは眉間に手を当て、深いため息を吐いた。
「うん、わかった。ちょっと今なんとも言えないけど、後で電話する」
里中に早くフォローしたくて、アカリは早く電話を切った。
「水上先生、大丈夫? 今日はもう上がっていいから」
「あの、いえ、でも・・・・・・」
「早く行ってあげた方がいいよ」
「あ、あ、あ、はい」
里中は職員室を出て行った。アカリは帰る支度をしながら、落胆した。
校舎の外に出ると眩しく、開放的な青空が広がっていた。
兄の隆が学校までハイエースで迎えに来てくれた。隆は三十六才で、アカリとは十才離れている。仕事の途中で急遽抜け出して生きたので、作業着を着ている。
ハイエースの車内は、クーラーをかけていても、少し蒸し暑い。アカリは助手席でむくれて、ヘアゴムで髪を束ねた。
「お母さんが死んだって言われても。私が物心つく前に出て行って、一度も会ったことないし」
隆は、アカリがなぜ機嫌が悪いか分からず、なだめた。
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