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「あーちゃん、そんなこと言われても。俺だって、一人で警察になんて行きたくないよ。だからって、父さんに行かせるわけにもいかないし」
二人の母は二十五年前、アカリが一才の時に、父と離婚して家を出て行った。アカリには母の記憶がない。隆は当時十一才だったから、状況は詳細に覚えているが、一切語りたがらない。父も同じだった。いきなり死んだと言われても、アカリの感情が追いつかない。憎んでないけど、腑に落ちない。
警察署に着いた。警察署は慣れていないと、緊迫していて居心地が悪い。高木という男が会議室に案内してくれた。高木は白髪交じりのえびす顔で、警察官にしては腰の低い男で、明るく申し訳なく喋った。
「突然すいませんね。町田治子(はるこ)さんの件ですけど、昨日マンションで亡くなっているのを発見されまして。死因はまだ不明ですが、多分事件性はないかと思われます。まだ六十才でお若いですが、孤独死でしょうね」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしまして」
「お母さんのご遺体ですけど、正直あまりご覧いただける状態ではないんです。死後数週間くらい放置されていまして。どうされます?」
アカリと隆は顔を見合わせた。互いに自分の意見が浮かばない。ネガティブな回答は、高木に対して体裁が悪いので、顔をしかめた。
「お母さんとは生前ご連絡は取っていたんですか」
「いえ、全く」
「妹さんは?」
「母とは一度も会ったことがありません」
アカリがきっぱり言うので、会議室に静けさが走った。高木が頭をかきながら、言い出しにくそうに、話を切り出す。
「そもそも、今回の話ですけどね。葉子ちゃんはご存知ですか?」
「いえ」
「私も知りません」
高木がため息をつき、頭の中で整理して、話し始めた。
「葉子ちゃんって五才の女の子ですけど、ユカリさんの娘さんなんですよ」
「ユカリの?」
隆が大声を出した。隆は一瞬の驚きの後で、アカリを見た。
「ユカリって誰?」
アカリがユカリを知らないのを、高木は不審そうな顔をしている。隆が思考停止してソワソワしているので、高木が話し始めた。
「ユカリさん。今は結婚されていて、島ユカリさん。お二人のご兄弟ですよね。水上隆さんの妹さん、水上アカリさんのお姉さん。私達が知っている情報は、戸籍謄本を取り寄せて調べた所までですが。
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