第三章 気分転換の昼下がり

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 日が登るずいぶんと前。  遠坂桜の魔術工房、ある一室で神無木せつなは何かをしていた。  そこには板やナイフ、石など小道具が置いてある小さな倉庫である。彼は光が入るように入口を少し開け、そこの中央に座っている。 「これが遠坂が言っていた『強化』か」  神無木せつなは近くにあったナイフを握り締め、それに魔力を注ぎ込んでいた。彼が行っているのは『強化』と呼ばれる基本的な魔術の一つである。  『強化』というのは物が固有に持つ性質を引き上げる魔術だ。硬いものならより硬度を上げ、鋭利な刃物は切れ味を上げる。  神無木せつなは魔力を込めきると、そばに置いてあった石めがけてナイフを構えた。 「はっ!」 キンッ!!  そして振り下ろすと、見事石が割れてのだ。だが、同時に持っていたナイフの刃も割れてしまった。 「…………」  その様子に苦い表情を浮かべていた。 「やはりうまくいかないな。何故か『痛み』を感じない数少ないものだってのに……。しょうがない次だ……」  彼は不満をこぼしながらも次の魔術の練習に取り掛かかりはじめた。次に行おうとしているのはまた別の魔術である。 「…………」 彼は今度は何も持たずに再び力を込めた。力を込めてしばらくすると手の平に何やら違和感が発生した。そして神無木せつの手になんと先ほどのナイフが現れた。 「ふう………」  だが気を抜いたのも束の間。そのナイフはすぐに消え去った。  今、彼が行ったものは『投影』と呼ばれる魔術だ。魔力を込め、イメージした物を実物として再現する魔術。だがこれは非常に効率が悪く、再現は数分しか持たない。 「だけど持ったこともねえこの武器だと………。ふっ!」  彼は再び、投影のために魔力を込めた。今度は別の物をイメージした。  だが今度彼がイメージした物はより具体的により鮮明に形を思い浮かべられていた。構造、中身、外見、さっきのナイフとは比べられないほどのイメージが湧いたのだ。 「ぐっ!!」  彼の体に大きな痛みが走る。だがそれを意に返さず、力を込め切った。  しばらく続けると彼の手には大きな槍が出現した。と同時に額から汗と血が流れ出る。 「はぁはぁ……」  力ががくんと抜け落ちた。だがなぜか手には物体の感覚が残っている。視線の先には自身が投影したものが消えずに残っている。 「なぜこれは消えないんだ……?」  彼の手にはかの有名な武器である『ロンギネスの槍』が握られていた。
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