第三章 気分転換の昼下がり

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 キャスターの言った通り、数分後には二人で映画館に入っていた。もちろん隣同士の席である。  そして席には定番のポップコーンとジュースをある。ただ愛を育むためとかの理由で特大サイズを二人で共有して食べていた。  神無木せつは内心げんなりしていたが予算も浮くし、いつもどおりなので特には気にしないことにした。ちなみに金は遠坂桜が出しているようだ。  彼が気になるのはむしろ映画館でこんなのんびりとしていることである。  まだ自身は一回も戦っていないので実感が湧きにくいのは確かだが、それでも昨日の夜にはキャスターの鏡でその様子は見ていたのである。不安が収まるわけがない。 「まぁ、この映画内容にも驚かされたけど……」 『殿、なぜ私を裏切ったのですか!! なぜなぜ……なぜ!!!』 『お主には失望した。お主を愛は常軌を逸している。私のみならず私に近づく、すべての女を調べ上げ、そして……手をあげた。もはや貴様は呪いの域だ』 「うう、なぜこのお方は乙女の愛に気づかないのか……」 「これが『乙女』のやることかな……」  今、二人が見ていたのは『時代劇』だ。ちょうどやっていたので二人で観ることにした。  記憶ない神無木せつなだがこの時代劇のポスターを映画館で見たときに見ていると妙に懐かしく感じたのだ。キャスターもなにか魅力を感じたらしく、二人で見ることにした。  ただ、内容があまりにもドロドロしている。昼ドラ並みに暗く重い。特に泣いている女の愛があまりにも激しすぎて重すぎるのだ。  神無木せつはキャスターのいつもの能天気さから、選ぶ映画ももっとラブラブなコメディ要素が強いものを好むと思っていたので意外だった。  そう思ったのもつかの間、今までのキャスター言動を考えたら、ありえると納得する。  内容としてはある地方の大名とそこに使える下女中が恋に落ちるというものというB級映画だ。時代は江戸時代の初期だろうか。  その女は身分が低い上で、その大名と恋に落ちたために、多くの者たちから嫉妬を受けることになる。  しかし女もめげることはなく、相手を裏から次々と殺していく。それは精神的なことや、肉体的にと様々な手段を使っていた。後半になる頃にはおよそ人の心を持っているのを疑うほどに変貌していく。  毒殺はお手の物、賊を金で雇い、陵辱したあげく首を掻っ切って川へと捨てる、女の目の前で両親を殺させたり、呪術を学んだりと精神異常としか思えない事もしていた。 「これ、時代劇の皮をかぶったホラー映画じゃないか?」  内容を観てきた神無木せつなはビクビクさせながら鑑賞している。  そして今見ているシーンがクライマックス。すべての所業がバレ、愛した大名自身に処罰を受けようとしていた。  場所は牢獄の前。大名の部下によって、体を押さえつけられ、拘束させられている。服も純白なものに着替えさせられている。そして大名自身は刀を携えていた。  神無木せつは当たり前の結末と思っているのだが、どうやったらそう感情移入できるのか女に同情したキャスターは号泣していた。 『私の前から消え失せてくれ』  そして大名は大きく刀を振りかざした。 『いやあああああああ』 致命傷ではないほどに、女の体は切り裂かれた。 白い服が引き裂かれて場所から赤く染まる。 『がぁ、私の愛をなぜなぜ、うけとらないのですかぁぁああぁああ〜〜〜〜〜〜!!!!』 「ほら、あの女の人かなしんでいるではありませぬか。乙女の愛は、海より深い……。そんなこともわからないとはこの男、許すまじ!!」 「キャスター、目が怖い」  女は大名自らの手で文字通り罰せられていた。その後手下の男達に引きずられ、目の前の牢へ投げ込まれていた。 『そこでゆっくりと死ぬがいい、暗い地下牢でその傷の痛みをかかえながらで今までの他の者たちの受けた報いを……』 『ああぁあぁぁあぁ、殿のぉぉぉ……』  そして結局、下女中は負わされた傷をそのまま衰弱して死ぬというエンディングを迎えた。  途中、女は牢屋の檻にしがみついて目を血眼にして何度も何度も殴ったり噛んだりして檻を壊そうとしていた。手と口は血で染まり、女はもはや人間とは思えないものになっていった。 そんなものを見せられて神無木せつなは完全に気分がダダ下がりであった。しかしながらキャスターは終始ずっと映画に熱中していた。 「キャスター、お前すごいな……」 「きゃん、なんのことかは存じませんが素直に褒められると嬉しいものですねぇ」  映画のエンドロールが終わると薄暗かった映画館に照明がつき始めた。そして映画が完全に終わると、続々と人が立ち上がり始めた。 「それにしても、ずっと座りっぱなしってのは疲れるな、さてキャスター俺たちも行こ……」  神無木せつなは席から立ち上がろうとした瞬間、つながっていた手に重みを感じた。その原因は、その場から立とうとしなかったキャスターの手につながっていたものだった。 「どうした、キャスター?」 「じ、実は……」  キャスターは顔を伏せたまま、神無木せつなの方向を見ない。顔色もとても悪そうであった。 「お、おい具合が悪いのか? まさか何らかの敵サーヴァントからの攻撃を受けてるんじゃ?」 「……女の子の日なのです。てへ♪」 「~~~~~~~!!!!」  そのあまりのふざっけっぷりに神無木せつなの拳がさえわたる。キャスターの頭を両手をグーにしてねじ回したのだった。 ぐりぐりぐりぐりぐり 「イタタタタ、じょ、冗談です、冗談。イッツジョークですよ。ぐりぐりはやめてくださいまし」 「お前が変なこと言うからだ!!」 「い、いえ。ちょっと外であまりにもヤバそうな気配を感じたので、本当に気負いしてただけです。しかしこのままいくとシリアスな展開になるのは明白なので、ユーモアは空気作りを心がけたまでです」 「え……」  いつもながらただふざけているだけと思ったキャスターから驚く言葉が発せられた。 「お、おいどういうことだよ!?……『あまりにもヤバそう』ってなんだ」  神無木せつなが聞くと、いつになく真剣な表情になるキャスター。その表情が感知したであろう事の深刻さを表していた。 「実は、今この地域にいる大部分の人の反応が消えているんです」 「はっ!?」  キャスターが言ったことに神無木せつは言葉を失う。 「もうマスターにはお伝えしましたが、ここでは私はかなり知名度が高い。なので感知の力も随分と上がっています。人が殺されてる。これはサーヴァントです、マスター」  人が死んでいる。本当にそうなのかと疑うほどに、先ほどまで映画を見ていた人たちのにぎやかで騒がしい声は絶え間無い。だがいつもふざけているキャスターでもそんな冗談は言わないはずだ。 「ほ、本当にそんなことが……」 「ええ。ですが、これとは別件でもっとやばいことも起きそうです……」
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