本編

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僕は、生まれる前の記憶があるんです。 この世に生まれ落ちようとしたその瞬間、僕の前に悪魔が現れました。 悪魔は僕にこう言ったんです。 《お前には、1ミリの狂いもない芸術的な美しさを与えよう。 よほどのことがなければ歪むことのない、完璧な均等のとれた美しさ。 お前そのものが芸術になるんだ。》 それは恵まれた命を与えられたものだと、僕は 一瞬喜びました。 しかし悪魔は、続けてこう言ったんです。 《その代わりとして、 お前は決して人を愛することができない》 僕は必死に悪魔に訴えました。 待ってくれ。そんなの困る。 芸術的な美しさなんか要らないから、人を愛せ るようにしてよ。 しかし悪魔は聞く耳も持たず、 泣き喚く僕を楽しそうな顔でこの世に落としました。 逆に、それからのことはあまりよく覚えていな いんです。 悪魔に言われた通り誰も愛さず、 ただ毎日絵を描いて…薬をつくって、その日その日を生きている。 そして、「あの人」と出会い、恋をすることが 出来た。 僕にも人を愛することが出来た。そう思ってい たのに… 「あの人」は、「人」じゃなかった。 僕はやっぱり人を愛せない。 人は、人を愛するために生まれて来るんじゃな いの? じゃあ、それを許されない僕は一体何のために生まれて来たの? なぜ、人を薬で眠り姫に変えても平気なほど、 心が無いの? ねえ、僕は誰?
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