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男はどこにでもいる普通のサラリーマンであった。朝、決まった時間に起き、決まった時間に会社へといき、定時には仕事を終え帰路につ。どこにでるあるような平凡な日々を送っていた。
男は今の生活に不満はなかった。平穏で安定した仕事。この不景気な世の中で、これ以上、何を望むというのか。
「本当にそうでしょうか?」
男がいつものように、自宅へ帰ろうと駅のホームを降りようとした時だ。彼に声をかける者がいた。振り返ると、駅のホームに一人、セールスマン風の男がポツンと立っていた。昔ながらのがま口の鞄を持ち、口元は笑みを浮かべていた。
一言でいうな独特の怪しさを醸している。日常の光景とは合わない異質さ。無視して改札口を出ても良かったのだが、セールスマンを見ていると、どういう訳かそういう気にはなれなかった。むしろ、話を聞かなくてはならないという使命感のようなものに男は駆り立てられた。
「私に何か御用でしょうか?」
「ええ。あなたに御用がありまして、この時間、この場所で待たせていただいておりました」
セールスマンはそう言いながら、男へと歩み寄ってくる。肩を左右に揺らして歩くという彼なりの歩き方だった。
「ちょっと、お話しよろしいでしょうか?」
男はセールスマンの誘いを断ることができなかった。二人揃って改札口を出ると、駅前のベンチへと二人並んで座った。
「時間をとらせてすいません。突拍子もない話になりますが、よろしいでしょうか」
セールスマンは改めて男に聞いた。男は黙って頷く。
「あなたは、自分の未来について考えたことがありますか?」
「自分の未来ですか?」
本当に突拍子もない話から始まった。いきなり、未来について問われたから。もしかしたら、セールスマンは保険会社の人なのか。将来への不安をいい、保険の購入を勧める気なのか。
「あなたは、毎日同じように出社しては帰宅する。ずっと同じ動きを刻む時計であるかのように。いや、事実、私もこの世界という巨大な時計に填め込まれた歯車のようなものかもしれません」
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