Ⅸ 感傷的に消えず、暴力的に死す

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 再び感じた殺意に振り向くとほぼ同時に、肩からの体当たりを真正面から受けて飛ばされた。  転がりながらも拳銃を離さず、恵はすぐに態勢を直して拳銃を構えた。  。  両手を失ってもなお、心臓を貫かれてもなお──。 「噓でしょ……」  信じられないものを見たララは拳銃を構える。新一も撃てる態勢に入っていた。だが、フランチェスカと恵は銃を下ろした。 『死にかけだ。直に死ぬ』  確かに死にゆくのは目に見えている。体当たりで致命傷を負いかねないが、恵はすぐに反応出来た。かつての破壊力はもはやない。だが、李の立ち姿は怯ませるだけの何かがあった。  拳がなくとも構えをとる。震える口から息が漏れ、必死に抑えようとしている。呼吸を落ち着かせようとしていた。構えから一歩目を踏み出し── 『────ああ』  ──一歩を踏み出したものの、力がなくなって膝をついた。体が言う事を聞かない。血が、生命が流れ落ちていくのを感じる。  立ち上がりたいのに、もはや立ち上がることは叶わなかった。そのまま倒れ込んだ。 『冷たい。暗い』  仰向けになり、もはや見えぬ視界を見上げる。まるで地獄のようだった。李は仕方ないと思った。酷いことを沢山してきたのだから。  それでも良かったのだ。これは李の我が儘である。タカハシへ向けた彼なりの手向けの一つだ。最初で最後の意地だった。  暗い世界が徐々に光を帯びてくる。山々の光景。自分が生れ落ちて育ったあの山だ。村の外れにあったボロ小屋。そこに、あの老人の姿があった。  なにも言わずとも、優しい表情の老人が座っていた。 『おお……おお』  李は手を伸ばす。触る手はもうないが、それでも。 『我が師よ。ありがとう、ございます。そして、申し訳……ありません』  あの時言えなかった言葉をようやく紡いだ。  彼のおかげで、己を確立することが出来たのだから。  名もなき男だった者の腕がゆっくりと下がる。その死に顔は、本当に安らかで満足そうにしていた。
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