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兄の土下座に、誠二は笑わなかった。そんなことする筈がない。
「顔を上げて下さい」
純一の前に立ち、そっと肩に手を置いた。
「貴方は間違っていない。業績じゃない。身内じゃない。それは人の心理として当然の結果です。だから、貴方のせいではない。むしろ、よくここまで手を広げられた。自衛隊、政府関係、防衛企業。戦前から存在している訳ではない一グループ企業が、よくここまで介入できた。それは紛れもなく貴方の手腕だ」
少し間を置いて、誠二は淀みなく続けた。
「申し訳ありませんが、現時点において私達は沙耶さんを救出する行動は出来ません。拉致された場所は《進行不可区域》です」
「さっきも言った。金はいくらでも出す。俺の資産を全て投げ出す。それでも足りないなら、何年掛かろうが絶対に──」
「そんなことをしては、貴方はおろか黑井の名前に傷がつく。それは駄目です。それに、私達は一企業でありながら防衛省と深く関わっています。故に武装が出来る。公に戦闘行動が出来る。その防衛省が、武装解除と沙耶さんに関する行動全てを制限した。彼は二度も裏切った。それが彼らの見解です」
純一の泣き声が聞こえた。悔しかった。自分のお節介のせいで妹がこうなってしまったと思うと、自分を殺してやりたくなるほどに。
誠二は笑うことも、怒鳴ることもなかった。静かに続けた。
「──私にも、妹がいます。血は繋がっていません。アフガニスタンから日本に来て、孤児院で生活した時に暮らした家族です。少ししかいませんでしたが、今でも連絡をとります。なかなか、お節介で強気な妹です」
なんの話かわからない純一は顔を上げた。泣いていて、顔がぐちゃぐちゃだった。
「妹のことを思う気持ちは、自分もわかります。血は繋がっていようがいまいが、家族だ。どうやってでも助けようとするのは、私も同じです。
後は、IMIに任せます。だが、出来る限りを尽くします。どんなことをしてでも貴方の妹を助け出します。これだけは、絶対に」
「……俺は、なにをすればいい……?」
「待っていてください。沙耶さんと会った時、優しく抱き締めて下さい。それが家族の役目です」
そうさせるしかない。目の前で泣いている男は、本当に全てを投げ出してしまいそうだった。それが出来る兄なのだ。だから、誠二は泣く男を安心させた。
その言葉に嘘偽りはない。なんせ、本当にそうなるのだから。
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