第5章

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なんだか。 私だけ、じたばたしてる。 なんか負けてる気がする。 美和は黙って鍋にごはんを投入して 雑炊の支度をしながら、考える。 柴田くんの方がずっと 落ち着いてるんだから、 かなわない。 勝ち負けじゃないけど。 カセットコンロの火を強めて、 鍋の中が煮立つのを待つ。 小皿に卵を割って、かきまぜながら、 ちらりと美和が顔を見たので、 柴田に 「何?」 ときかれたけれど、答えない。 「なんでもないよ」 「えー。なんか言いたいことありそうだけど」 「ないよ」 鍋がぐつぐつと音を立てはじめた。 卵を全体に回し入れる。 色濃い黄色の液体が、くしゅくしゅ縮んで、 やわらかな色に変わっていく。 そこへ、鮮やかな緑の小葱を散らして、火を止める。 「はい。どうぞ」 小皿によそった雑炊を、 柴田に差し出す。 「サンキュー」 柴田は満面の笑顔で皿を受け取り、喜んだ。 美和もにっこりして、 自分の分を取り分けて、 れんげでかき混ぜながら、 ふーふーと息を吹きかけた。 「美和さんって猫舌?」 「うん」 「おれも。よくあわてて食べてやけどしてる」 「あはは。気をつけてね」 きっと。 こうやって、一つ一つ 言葉を交わして、 お互いのことを知っていく。 と美和は思った。 何度も、 こうやって一緒に、 ごはんを食べて、 笑って、 時間を過ごす。 「うまいね」 「うん」 二人は顔を見合わせて笑った。 笑うたびに、 心もあったかくなる。 うれしくなる。 できるだけ長く。できるだけたくさん。 こんな時間が過ごせると、 いいな。 美和は心から、そう思った。
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