第1章

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鏡に映った、もう一つの目と目が合った。 「北島さん」 総務部の伊東里紗が、 微笑んで軽く会釈をした。 美和もあわてて小さく頭を下げる。 「今日のセッティング、大変だったでしょう。 お疲れ様です」 花見の準備は総務部がすべて行っている。 きっと里紗は朝からそれで大忙しだったはずだ。 「いいえー。営業部もこのタイミングじゃ、 大変ですよね」 「まあ、私はそうでもないけど、 外回りの人たちは、ね」 「そうですかー。 柴田さんもまだいらしてないですね」 「今日はちょっと遠くまで外出だから、 遅れてると思うよ。 7時半には着くって聞いてるけど……」 「あ。じゃあもうそろそろですね」 里紗はニコニコして、 失礼します、と一言断ってから 個室に入っていった。 里紗の姿が見えなくなったところで、 美和はあわててその場を離れた。 「私、北島さんにお聞きしたいことがあるんです」 以前、里紗にまっすぐな瞳で 尋ねられたことがある。 「柴田さんって、彼女いるんでしょうか」 その時の答えは、NO。 というより、そんなプライベートなことを、知らなかった。 まだお互いの気持ちも、知らなかった。 美和は自分の気持ちですら、自覚がなかったのだから。 里紗が美和に柴田のことを聞いた理由は、 姉弟きょうだいのように仲が良さそうだから、 という理由。 「北島さん、これからもよろしくお願いします」 あの時、里紗はにっこり笑って、先にその場を去っていった。 美和に対する牽制、もしくは敵情視察。だと思う。 柴田さんと北島さんはそんな関係じゃないですよね、 そう念を押したつもりなのだろう。 直感でそう感じた。 かわいい顔して結構こわい。 姉弟。 年の差を考えれば確かにそう見えるのが自然だろう。 頭の中でイメージしてみても、 柴田と里紗が並ぶのが組合せとしては妥当だ。 里紗のような女の子に好かれるのは 男性なら誰だってうれしいはずだ。 もし今、あの時と同じ質問をされたら、 一体どう答えればいいのだろう。 考えても仕方のないことを考えるのはよくない、 と思いながらも、ついつい考えてしまう。
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