27人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
第1章
今年の桜は3月半ば、
例年より2週間ばかり早く満開を迎えた。
「なんだってまた、こんな時期に咲いたのかねえ」
「今時、全社をあげての花見なんてなあー」
本来の4月から
日程を繰り上げて開催になった花見に、
営業部の面々は不満たらたらである。
それも無理はない。
3月といえば1年の総決算の時期であり、
年度末の駆け込み受注の獲得、
請求の取りこぼしゼロを目指して
連日残業が続く時なのだ。
だが、社内行事をこよなく愛する社長の方針であり、
特にこの太田川公園での花見は特別な理由のない限り
基本的に全員参加とされているので、
頭ではとっちらかったデスクの書類が気になっていても、
体は参加しなくてはならないのが
サラリーマンのつらいところだ。
満開の桜の下、
残り仕事のことが気になる彼ら以上に、
心ここにあらずの社員が、ここにも一人。
「はぁ~」
北島美和の口から
思わずため息がこぼれた。
「めずらしいー。
美和ちゃんでもため息つくことがあるのね」
同じ営業部の先輩社員、大野依子が
缶ビールを口に運びかけた手を止めて、反応した。
「あ。すみません」
美和はあわてて手で口を押さえる。
「なんであやまるの。
別に悪いって思ってないのに」
依子がふっくらした頬をゆるめ、目を細めてニコニコ笑う。
つられて思わず笑顔になりながら、美和は、
ふと、依子に話をしてみたらどうかな、
とちらりと考えた。
「なあに?」
じっと顔を見られて、依子が首をかしげる。
「あ、いえ。なんでもないです」
美和は笑って、立ちあがった。
「ちょっとお手洗、行ってきまーす」
最初のコメントを投稿しよう!