熱血教師襲来

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 だが、その和に加わらず、会議室を抜け出した文芸部部長は人知れず涙を零していた。  その打ちひしがれた様は、踏み散らされた花を思い起こさせ、その声は哀調に満ちて酷く悲しげだった。 「ああ、なんと言うことだ。剣道部部長の卑劣さにいままで気がつかなかったとは。それにああも公に恥をかかされては、とても耐えられぬ。もう、いっそこのまま独り行方をくらませ、誰も知らない場所へ行ってしまおうか。残りの人生をずっと独りで」 「君、待ちたまえ」 「む、君は囲碁部部長、どうしてここへ?」 「君の様子がおかしかったので後をつけたのだ」 「そうか、ならば今の独り言も、聞いたのであろうな。だが、あれは冗談だ。忘れたまえ」 「そうは思えませんし、泣き言を漏らさざるを得なかった気持ちもわかります。だが、俺は決して貴女を独りにはさせませぬ」  囲碁部部長はハンカチを渡し、文芸部部長の傷ついた心を慰めた。  少女の目から涙はあふれ続け、流れ落ちる水の線は乾くことを知らない。 「すまぬ。すまぬ」 「涙をお拭きなってください。ほら、今夜は月がとても綺麗ではないですか?」 「それは、私を文芸部部長と知ってのことか?」 「はい。強さも、弱いところも、全て」 「調子に乗るなよ丸眼鏡。だが、貴様の気持ち、言葉は覚えておこう。考えておこう。この心に吹き荒れる嵐が過ぎ去るまでには」  二人は粛々とした面持ちに戻り、会議室へ戻った。  ちょうど、つくしとアスパラガスの料理も運ばれてくる。 「これも青春の1ページよ。皆、今日はご苦労だった。楽しんでくれ」  生徒会長の声より早く、旨いが一番。宴会が始まった。  こうして第1回熱血教師対策会議は幕を下ろした。  だが、熱血教師がいつ進路変更し、再びこの学園へ向かってくるか、それは誰にも分からないのだ。  ただ一人それに気づき、人知れず不安を抱いた文芸部部長の震える小さな手を、囲碁部部長が、まるで大切なものを守るようにそっと握っているのだった。
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