5.過去(4) 2002年6月12日

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そこへ高松さんがやってきてしゃがみこみ、机の上にあった椅子のミニチュアを間近でつくづくと眺めはじめた。触ってはいけない、と気を使ってくれているらしい。 「こっちは乾いてます。触っても大丈夫ですよ。あと色付けが必要なんですけど」 昨日先に作った椅子一脚と丸テーブルが入っている箱の蓋を開けて差し出すと、高松さんは太めの指で恐る恐る椅子をつまみ上げて、ちょっとだけ見て、おっかなびっくりまた戻した。 「意外と器用なんだな」 「意外と、ってなんか失礼じゃないですか」 高松さんの言葉に私は口をとがらせて抗議する。 そもそも高松さんが設計した住宅の模型に「ダイニングが殺風景だから何かほしい」って言うから作っているというのに。それにミニチュア作りは大学の時からずっと趣味でやってるんだから。 背後から湿気を含んだ風を感じて振り返ると、外出していた中西さんがドアを開けたところだった。 「ただいまー」 中西さんは最近、サッカーのワールドカップの影響で、日本の監督のフィリップ・トルシエに似ていると言われているけど、こうして見ると確かに似ている、と今更ながらに思った。 「お帰りなさい」 「じめじめしててイヤになるな」 濡れた傘を傘立てに突っ込んで、奥の席に向かっていくところで声をかける。 「先ほど橋本設計事務所の守屋様からお電話がありました」 「あ、そう。なんて?」 「中西さんのメールボックスがいっぱいで設計図が送れない、という話で、私にメールをしていただきました。共有フォルダに入れておきますね」 「わかった。ありがとう。……ところで、何、これ」 中西さんは私が持っている箱の中と机の上のミニチュアを指差す。 「あ、高松さんの模型に使うダイニングセットです」 「へー。意外と器用だな」 「ぶっ」 高松さんと谷さんが吹き出した。 中西さんまで……。ヒドイ。 「私、そんな不器用そうに見えるんですか?」 「普段の仕事ぶりを見てると、そんな細かいことをするように見えないからな」 「ええっ」 中西さんは心にも無いおせじを言わない分、思うことをハッキリ言う人だ。 みんなは笑うけど、こっちは笑い事じゃない。自分の事務能力に危機感を抱いてしまう。 確かに、請求書の文字の入力間違いを谷さんに指摘されたり、してるけどさ……。
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