7.過去(6) 2000年2月3日

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7.過去(6) 2000年2月3日

ノストラダムスの予言もあてにならない。 恐怖の大王だとかアンゴルモアって、一体なんだったんだろう。 気が付いたら一九九九年は終わっていた。 世界はまだ続いている。何事もなく。 私の生活も何も変わらない。毎日会社に行って、週末には時々彼と会う。 こうしてずっと山も谷もない同じ日々が続いていくんだろうと思う。 セルに関数を埋めて、数種類の方法で別のシートにある金額の集計をする。 そんなエクセルとの格闘に疲れて顔を上げた。時計を見ると、もう十時を過ぎている。 どうせ今頑張ったって明日も残業だ。今日はもうやめよう。パソコンをシャットダウンして、立ち上がった。 その時、向かいの席の村上さんも腰を上げたところだった。 村上さんがにっこりして、一緒に帰ろ、と声をかけるのに頷く。 村上さんは四年先輩で、仕事は確実で速い。入社して仕事を覚えるまでに時間のかかった私は何度かさりげなく助けてもらったこともある。私にとってデキる女の代名詞だ。 木曜日。休日まであと一日ある。くたびれて重い足取りで、駅までの道を肩を並べて歩く。 暖房でのぼせた頬を冷たい風が冷やしていく。 「鈴ちゃん、最近遅いね。大丈夫?」 「なんとか。村上さんこそ結構残業してますよね?」 「まあね。今は仕方ないから」 村上さんはうつむいて、頬にかかる長い黒髪を耳にかけた。 「私、今月で会社辞めるの」 「えっ。そうなんですか」 「まだ課長しか知らないんだ。黙っててね」 頷く私に、村上さんは穏やかに微笑んで、言った。 「もう三十だし、結婚の予定もないし、長く続けられる仕事を見つけたくて」 「そうですか……。淋しくなります」 毎日会えなくなるのは淋しい。だけど、気持ちはわかる。 長く続けられる仕事、という言葉にどきんとした。
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