7.過去(6) 2000年2月3日

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三十過ぎて独身だからって冷遇されるような会社ではないし、頑張って管理職になっている女性も、結婚して子どもがいても働き続けている女性もいる。でも、五年後、十年後もここで同じ仕事をしている自分を想像すると、つまらない。 工場で作る製品の数と時期の調整、発注、予算と実績金額の管理。既に決められた予定という枠の中にきちんと当てはまっているかどうかを管理する仕事。楽しいかどうかを基準にすると、私にとっては楽しいと言える仕事ではない。  ただ生活費を稼ぐため、と割り切ってしまえばいいのかもしれないけれど。 今付き合っている彼との結婚は、実は現実的に考えられないでいる。頭の中で彼と一緒に暮らすことを想像するのすら、難しい。 恋をはじめたばかりの頃には、結婚するかも、と思うこともあった。 でも最近、例えば指に染み付いた煙草のヤニの臭いだったり、料理のメニューでもデートの行き先でも何かを選ぶ時に「どっちでもいい」と答えることだったり、小さなことが気になっている。 気にしなければ済むことでも、これがあまりいい傾向じゃないということは、過去の恋の結果から知っている。 「じゃあ、来月からは転職活動ですね」 「ううん。ちょっと一休みするんだ。アラスカにオーロラを見に行くの」 「へえぇ。いいなあー」 「いいでしょ」 村上さんの晴れ晴れと吹っ切れた笑顔を、うらやましい、と思った。 変わらない生活を続けることよりも新しい生活を模索することは難しいし、それを選ぶのは勇気がいることだ。 来月、私は二十五になる。ずっと先だと思っていた三十歳が、また一つ近くなる。 このままで、いいのかな。 村上さんの決断が、静かな水面に小石を投げ込んだように、私の心の中で波紋となって広がっていくのを感じた。 「鈴ちゃんはJRだったよね。私、地下鉄だから、こっちなの。お疲れ様」 「お疲れ様でした」 駅の前で村上さんと別れ、私は重いガラスの扉を全身で押して改札に向かった。
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