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9.過去(7) 2005年10月16日
初めて守屋さんの顔と名前が一致した日。
中西さんとの話が終わって帰る守屋さんをエレベーターまで送った時、
「最近内装を担当したレストランが今週オープンして、クライアントが招待してくれているんだけど、よかったら週末にでも一緒にどう? 男一人じゃ行きにくいから」
とさらっと食事に誘われた。
少しは期待しちゃったりもしたけど。本当に言葉どおり、一人で行きにくかっただけらしい。
次の日曜日の夜、代々木駅で待ち合わせて、守屋さんが内装を設計したイタリアンレストランに連れて行ってもらった。
無愛想でいかにも頑固に自分のこだわりを押し通しそうな職人タイプのご主人と陽気で気の利く奥さんが二人でやっているお店だった。
五十を前にようやく手に入れたお店であることを、奥さんがうれしそうに教えてくれた。
白い漆喰の壁と、三種類のサイズの素焼き風の淡いブラウンの磁器タイルを組み合わせて敷き詰めた床。温かい色の間接照明と、楢の木の丸テーブルの上のキャンドルの灯り。昼間は開け放してオープンテラスにできる大きなガラスの扉。広いカウンターの向こうに見える煉瓦を積み上げたピザを焼くための釜とその炎とぴかぴかのキッチン。
このご夫婦にぴったりの、家庭的な雰囲気のレストランだった。
オープンしたばかりなのにきちんとどの席も埋まっていて、出だしは好調のようだった。だけど、カップルか家族連れしかいないので、確かに一人で食事するのは気が引ける。
もちろんお料理はとてもおいしかった。ピザもパスタもたっぷりお腹に詰め込んで、デザートのパンナコッタまで堪能した。最後に届けられたカプチーノには泡でハートマークが描かれていて、あのご主人にもちゃんと遊び心があるんだな、と思うとちょっとおもしろかった。
奥さんのパワーの影響なのか、ワインで酔ったせいなのか、私たちは食事中、お互いに饒舌で、いろんな話をした。
彼は福岡出身で就職するまでずっと九州にいた、ということ。
中西さんは大学のバスケ部の先輩なのだということ。子どもの頃から科学者になろうと思っていたのに、どういうわけか気まぐれに受験した建築学科だけに合格して、建築家の道を選ぶことになってしまったこと。
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