11.過去(9) 2006年1月1日

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「先に言わせるつもりじゃなかったんだけどなぁ」 守屋さんは残念そうにそう言って、私の手をつかんだまま、その手を無造作にジャケットのポケットに押し込んだ。 「冷えたね。どっかでコーヒーでも飲もうか」 「うん」 一緒に、ゆったりと歩き出した。 温かい手だった。 私は、二度とはぐれないように、その手をぎゅっと握りしめた。 家を出る時あれこれ悩んだことが嘘のようにあっさりと決着がついたので、ちょっと信じられない。でも、今ここにある温もりと感触が実感として現実だと教えてくれる。 一歩足を踏み出す度に砂利がざくっという音が響く。道をはさんで向こう側に並ぶ屋台の賑わいが遠く聞こえる。 彼も、私も、黙っていた。 彼が今何を思っているのかは知らない。知らないけど、根底で私の思うこととちゃんとつながっている気がした。 冷え切った夜空に、オリオン座を見つけた。真ん中の三つの星が、きらきらしていた。 さっきの女の子、もう寝ちゃったかな。泣き疲れて、お父さんの腕の中で。 迷子になってもちゃんと迎えに来てくれる人がいる。それって、とても幸せなことだ。 少し前に神様の前で手を合わせた時と同じことを改めて心の中で強く願った。 今年最初の祈りが長く効力を発揮するように。 この人と、ずっと一緒にいたいです。
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