3.過去(2) 2005年9月17日

3/4
前へ
/38ページ
次へ
「がっはっはっは」  オペレーターに大口を開けて笑われた。 その場でエレベーターを待つ人の列からも 笑い声が上がる。 「ごめんなさい、ごめんなさい」 私はぶつかってしまった相手に 急いで頭を下げた。 「ぶつかったところ、痛くないですか?」 「うん、痛い。ひょっとして石頭?」 「えっ」 「冗談。そっちこそ怪我しなかった?」 「私は、おかげ様で大丈夫です」 「なら、よかった。道中気をつけて」 男性は何事もなかったかのように軽く手を振って、 先に狭い階段を上がっていった。 「気をつけろ、って言われたばっかでしょー」 後ろから麻美がけらけら笑いながら、 私の両肩に手をかけた。 「面目ない」 「鈴らしくて笑える」 反省しながら階段を登りきると、 意外なことに、 天井にぽっかり開いた大きな穴から 真っ青な空が見えた。 「へえー。ここ、オープンなんだねー」 不思議と、空がこの建物の壁から一続きの半球みたいに見える。 青いスクリーンを綿のように 薄く白い雲が海風に乗って どんどん通り過ぎていく様子がおもしろくて、 ついそのまま見入ってしまう。 「こうやって見ると、プラネタリウムみたい」 「そうだね」 麻美は私の言葉に頷きながら、 首を横に向けて、 「あっ、ちょっと鈴、こっちだよ、メインは」 と上を見上げている私の手をぐいぐい引っ張った。 引っ張られるままに目を向ければ、 縦長のかまぼこ型に切り取られた窓から、 サンフランシスコの風景が広がっていた。 「わー。すごい」 我ながら月並みな表現しかできないのだけど、 それ以外に出てくる言葉がなかった。 きらきら光る海の上に点々と浮かぶ ヨットの三角の帆。 アルカトラズ島。 海沿いにずっと続いている港。 ゴールデンゲートブリッジ。 街の中心のビル群。 バスでひたすら登ってきた急勾配の坂。 その先のなだらかなうねり。 一軒一軒違う色で塗られた家が並ぶ パステルカラーの通り。 その隙間にまっすぐに続く道を 走っていく車、バス。 一つ一つ、人間の手で こつこつ作り上げられてきたもの。 なんだろう。このバランス。 すごく、ひかれる。 何枚か写真を撮ってみたけれど、 写真なんかじゃ何も表現できない と思って途中で放棄してしまった。 「私、ここに住んでみたいなあー」 「何、急に」
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加