～・天人…・～

「円(まどか)、聞いてるのか？」

メガネの奥の目を光らせ、ギロリと見上げた男に、円はビクッと体を震わせてから『ごめん。何だっけ？』と持っているペットボトルの紅茶を口にした。

皆が羨ましがる円の栗色のクルクル癖毛が、フワッフワッと揺れる。

大きな目と幼く見える顔立ちに癖毛がよく合い『お人形みたいに可愛い』と学内でも評判だが、本人は目下ＢＬ系アニメと漫画に夢中の腐男子で、そんな声など全く気にしていない。

「円は昔話の“人間から生まれてない人”をどう思う？」

「へ？彰（あきら）は…何を言ってるの？」

円はどう見ても“？”な顔で眉を寄せ彰を見る。

目の前に座る男、彰も普段から“ＵＭＡ”や“ＵＦＯ”にと“未確認”関係に夢中で、自分の身にはまるで無頓着。

普通に見ればなかなかのイケメンだと噂されても、野暮ったい黒縁メガネと無造作で寝起きそのままの寝癖で乱れた髪をして、女子会でよく『もったいなすぎる』と嘆かれている。

「説明するのも面倒だが、“かぐや姫”くらいなら、いくら漫画オンリーな円でも知っているだろう？」

「えっと…帝がハーレムで調教してやろうと狙うかぐや姫を、イケメン貴族が夜這いをかけて…」

円はぎゅっと目をつぶって眉間を指で押し、必死に思い出そうとする。

「ちょっと待て！おまえ、それはこの前コミケで買ったって言う、やおい系同人誌じゃないのか」

「そうだった。『竿取物語』だ。結局かぐや姫が男だってバレたんだけど、イケメン貴族と帝がくっついてhappy end♪」

パチンと手を叩きカラカラと無邪気に笑う円を見ながら『何て話だ…』と彰は頭を抱えた。

「『 今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、 竹を取りつゝ、萬づの事に使ひけり。名をば讃岐造麿となむいひける。その竹の中に、本光る竹なむ一筋ありける。 あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうてゐたり』…これくらい知ってるだろ」

呆気に取られる円を無視し苛立たしげに話し続ける。

「人間が竹から生まれるなんて普通じゃ考えられないだろ？」

「いや…それは物語だから…」

一気に白けた表情の円を気にすることなく、彰は次第にテンションが上がってきたのかイキイキした表情になってきた。