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あれほど寒かった江戸の冬は過ぎ去り、いつしか季節は春を迎えようとしていた。
桜の満開にはまだ少し早く、風が吹けば蕾がゆらゆらと揺れた。
屯所の桜も徐々に花びらが開きはじめ、春の訪れを告げていた。
「こんな日は、サボって昼寝に限るねィ。」
一人呟きながら、屯所の廊下を歩く。いつもの縁側に腰を下ろし、雲一つない青い空を見上げる。
(こんなにいい天気…)
そう思ったのも束の間。
青い空は、見慣れた顔によって遮られてしまった。
「てめー、またサボってやがんのか。たまには真面目に見廻り行ってこれねーのかよ」
不機嫌な表情を浮かべ、煙草を吹かすそいつは、すとんと隣に腰を下ろした。
さあ、っと風が吹く度に庭の桜の蕾が揺れた。
春の匂い、そう思った。
「お、春の匂い」
土方が呟いた。
一瞬どきっとした。
同じことを考えていたから。
「ね、いい天気でしょ。こんな日は昼寝に限りまさァ」
春の匂いに煙草の匂い。
不思議な感覚だった。
「ま、こんな日くれぇはいいか。」
風に黒髪がなびく。
くわえていた煙草の火を消すと、土方は一つ伸びをしてみせた。
くああっと大きなあくびをし、縁側に寝転んだ。
「10分したら起こせ」
「永遠に眠ればいいのに」
反応がないということは、もう眠ったのであろう。
普段から多くの仕事をこなし、休みなく働いていることを沖田は知っていた。
(まったく…)
(これじゃあ、俺が寝れねェじゃないですか)
春はもう、すぐそこまで来ていた。
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