伝わるもの

2/20
前へ
/44ページ
次へ
「だからね。あたし、主人の後を尾けて女の部屋を突き止めたの!」 叶恵はカウンターの上で握りこぶしをつくった。 「ほおっ! 突き止めましたか」 マスターはグラスを磨く手を止め、煙草を手に取った。 話を真剣に聞きましょうという態勢をつくったのだ。 「ええ、そうよ。そのまま乗り込んで、決着つけてやろうと思ったんだけど。深夜だし、他のアパートの住人にパトカーなんか呼ばれたら、面倒だし、あたしも今日は午前中から仕事の約束があって。だから……」 叶恵は、そこで言いよどんだ。 「乗り込まずに帰って来たのですね?」 マスターは煙草に火をつけた。 「ええ。でも、ひどい話でしょ? さーて、どうしてくれようかと、マスターに知恵を借りたくて来たのよ。だから、こんな早い時間に。だって、お店が混んでたら、マスターに相談できないもの」 壁の時計は19時30分を示していた。 「なるほど。そういう事ですか。分かりました。そろそろ、文学部の学生が来る予定になっているのですが、その後で良ければ」 「あらっ! そうなの? みんな考える事は同じね」 「この手の話は円満解決が難しい。慌てずに対処した方が良いのです。大抵の場合、性急に騒ぎ立てたほうの負けです」
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加