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「だからね。あたし、主人の後を尾けて女の部屋を突き止めたの!」
叶恵はカウンターの上で握りこぶしをつくった。
「ほおっ! 突き止めましたか」
マスターはグラスを磨く手を止め、煙草を手に取った。
話を真剣に聞きましょうという態勢をつくったのだ。
「ええ、そうよ。そのまま乗り込んで、決着つけてやろうと思ったんだけど。深夜だし、他のアパートの住人にパトカーなんか呼ばれたら、面倒だし、あたしも今日は午前中から仕事の約束があって。だから……」
叶恵は、そこで言いよどんだ。
「乗り込まずに帰って来たのですね?」
マスターは煙草に火をつけた。
「ええ。でも、ひどい話でしょ? さーて、どうしてくれようかと、マスターに知恵を借りたくて来たのよ。だから、こんな早い時間に。だって、お店が混んでたら、マスターに相談できないもの」
壁の時計は19時30分を示していた。
「なるほど。そういう事ですか。分かりました。そろそろ、文学部の学生が来る予定になっているのですが、その後で良ければ」
「あらっ! そうなの? みんな考える事は同じね」
「この手の話は円満解決が難しい。慌てずに対処した方が良いのです。大抵の場合、性急に騒ぎ立てたほうの負けです」
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