伝わるもの

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「そうなの? だって、あたしは妻なのよ。妻帯者にちょっかい出す女の方が悪いんでしょ? 出るとこ出れば」 「もちろん裁判なら叶恵さんの勝ちでしょう。慰謝料だって請求出来ます」 「慰謝料?」 「ええ。しかし、ご主人は帰らないかも知れない。最悪は離婚になりかねない。それでも良いですか? ご主人を取り戻す事が望みではないのですか?」 マスターは叶恵の真意を計るように眼を合わせた。 「ええ。そうね。マスターの言う通りだわ。どうしよう」 叶恵は視線を泳がせている。 「ですから、叶恵さんが乗り込まずに帰って来たのは賢明でした。住所が分かっているなら、現場を押さえる事はいつでも出来ます。何を作りましょうか?」 「えっ? ああ、そうね。余り強くないカクテルをお願い」 「わかりました」 マスターは煙草を消し、ボトルの棚に手を伸ばした。 店内にはクラシックの楽曲が流れている。 「マスター、さっきから流れているこの曲、素敵ね。特にバイオリンの音色が。なんて言うの?」 「シューベルトのセレナーデです」 マスターは音量を上げた。 「シューベルトって、メガネをかけてる人でしょ? ずいぶん昔の作曲家よね?」
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