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「そうです。歌曲王と呼ばれた天才作曲家です。彼はベートーヴェンをとても尊敬していて、ベートーヴェンが亡くなった翌年に、この曲を作曲して、まるで後を追うように亡くなってしまった。31歳で」
「まあっ! そんな若くに? あたしと同じ歳だわ」
叶恵はグラスを置いた。
「彼の遺言で、尊敬するベートーヴェンの墓の脇に眠っています」
「そうだったの。それにしても素敵なメロディだわ。なんて言うか、ゆったりと何かを想いながら散歩するような感じ。でも途中から急に胸が締め付けられるような、ちょっと悲しい感じもあって。それでいて、少しずつ癒されるような」
シューベルトのセレナーデを聴きながら、叶恵は軽く眼を閉じた。
「分かりますか? そうなのです。この曲には癒しの効果がある。シューベルトの想いが、いや、シューベルトだけでなく、古典楽曲には作曲家の魂が込められているので、聴く者の胸を打つのです。聞き流している者には分かりません。はい、どうぞ」
マスターはカクテルグラスを置いて、シェイカーからオレンジ色の液体を注ぎ入れた。
「ありがとう。きれいな色ね」
「バレンシアです。アプリコットブランデーとオレンジジュースがベースで甘口です」
叶恵は一口含んで笑顔になった。
「ほんと。甘くて美味しい」
マスターも、笑顔になり、煙草を手にした。
「そうそう。マスター、さっきの話。聞き流している者には分からないって?」
叶恵が尋ねた。
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