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「待って! その先は何となく分かるわ」
叶恵はカクテルを味わい、
「シューベルトは心変わりをしたのね」
と言ってグラスを置いた。
「それはシューベルトに訊いてみなければ分かりません」
マスターは、それについての言及を避けた。
「セレナーデに話をもどしましょう。歌詞を読めば愛を伝える歌。しかし、曲だけを聴くと、哀しみが伝わって来る」
「不思議ね。どうしてなの?」
「実は尊敬するベートーヴェンが亡くなった事に由来するのです。シューベルトが30歳の時にベートーヴェンが去ってしまった。どうすれば良いのか分からない。貴方の生き方こそ私の目標であったのに。そんなシューベルトの哀惜の想いの中で、この曲は作られた」
「ああ、そうだったの。だからなのね」
叶恵は納得して、グラスに口をつけた。
ギイッと音が鳴りドアが開いた。
「こんばんはーっ! マスター、早速、来ちゃいましたーっ!」
元気よく若い声が響いた。
「やあ、聡美さんでしたね? いらっしゃい。おや、お二人様ですか?」
「ええ。文学談義なら彼女も是非、聞きたいって」
「こんばんは。一緒に聞かせて下さい」
聡美の後ろから、もう一人の女子学生が姿を現し笑顔で挨拶した。
「そうですか。どうぞ、どうぞ。こちらへ」
二人は、叶恵から三つ空けた席へ並んで腰を降ろした。
マスターは素早くカウンターから出ると、ドアの外へ準備中の札を掛けて戻った。
そうして叶恵に囁いた。
「学生達との話を聴いていて下さい。聞き流さずに」
「ええ。分かったわ。あたしに伝えるものがあるのね?」
叶恵が小声で応えた。
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