伝わるもの

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さて、この隣の男のもとより、かくなむ、 《筒井筒 井筒にかけし まろが丈  過ぎにけらしな 妹(いも)見ざるまに》 女、返し、 《くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ  君ならずして たれか上ぐべき》 など言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。 「分かりますか?」 マスターは結花の反応を見た。 「ええ。最後の方は何となく」 「目と耳が慣れてくれば、もう少し分かるでしょう。歌が2首、織り込まれてますね。続けます」 さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともに言ふかひなくてあらむやはとて、河内の国高安の郡に、行き通ふ所出でにけり。さりけれど、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、出だしやりければ、男、異心ありてかかるにやあらむと、思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、 《風吹けば 沖つ白波 たつた山  夜半にや君が ひとり越ゆらむ》 と詠みけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。 「ここで、また、歌が詠まれてますね。和歌を織り込みながら物語を構築する高度な技法です。続けます」
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