伝わるもの

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まれまれかの高安に来てみれば、初めこそ心にくくもつくりけれ、今はうちとけて、 手づからいひがひ取りて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、心うがりて行かずなりにけり。 さりければ、かの女、大和の方を見やりて、 《君があたり 見つつををらむ 生駒山  雲な隠しそ 雨は降るとも》 と言ひて見出だすに、からうじて、大和人、「来む」と言へり。喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、 《君来むと 言ひし夜ごとに 過ぎぬれば  頼まぬものの 恋ひつつぞ経る》 と言ひけれど、男住まずなりにけり。 「…………と、物語は、これで完結です」 マスターは印刷物をカウンターに置いた。 「完結なんですか?」 結花が顔を上げて問い返した。 「そうです。短編小説ですからね」 マスターは笑顔で応えている。 叶恵も口を開きかけたが、思い直したように身動ぎ(みじろぎ)を止めて、二人のやりとりを見守った。 「それにしても、ずいぶん短いんですね」 結花は素直に感想を告げている。 「大体の意味は分かりますか?」 「いいえ。よく分かりません」 結花は正直に答えた。 それは叶恵も同じだった。
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