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「お待ちどうさま」
ママがコーヒーをカウンターに置いた。続けて、「これはサービス」と言ってイチゴを盛った小皿が置かれた。ママは笑顔を残して、すぐに奥へ入った。
この頃はママとの距離が縮まったように感じる。そろそろ誘うべきか?
「あなたは城太郎さんじゃないの? じゃあ、あなたは誰なの?」
「私は、古本屋の店主です。君が代金を払わずに店を出たので追いかけて来た」
「まあ! それは、ご足労だったわね。うっかりしてたわ。ごめんなさい。おいくらかしら?」
女はバッグの中を探っている。
「あらっ! たいへん! おさいふが無いわ」
「いや、いいんです。本はプレゼントしましょう。それよりも、あなたの事が気にかかった。もしかして、家がわからないのでは?」
「えっ?」
「お宅まで送りましょう。どちらですか?」
男が尋ねると、女の顔が曇って行く。今にも泣きそうな表情で店内を見回している。窓に眼をやり、やがて男を視た。そして、ゆっくりと首を振った。
「わからないの」
「やっぱり! そんな気がしたんだ」
男が立ち上がって、こちらへ歩いて来た。そうして奥へ声をかけた。
「ママさーん! 慶子さーん」
えっ? 慶子さんて、ママの名前を知ってるなんて。そんな間柄なのか? 古本屋の店主は60代に見える。そうか。商店街の繋がりか。慶子さんは40代だ。僕は20代。慶子さんは、どっちを選ぶだろう?
僕は、コーヒーを飲み干した。
「はいはい。どうしたの?」
ママがエプロンを直しながら姿を現した。
男は、カウンター越しに小声で事情を伝えた。
「どうしたものだろう?」
「迷う問題じゃないでしょう。ご家族が捜しているに違いないわ」
ママの返答は明快だった。
結局、初老の女は古本屋の店主と連れ立って店を出て行った。
行き先は交番だった。
「慶子さん」
僕は、ママに名前で呼びかけてみた。
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