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「なあに?」
「もし、よければ……」
「ええ。どうしたの?」
「買い物を手伝いましょうか? ほら、ミネラルウォーターは重いし」
「ありがと。でも今日はいいわ。約束があるの。また今度ね」
慶子さんのスマートフォンが鳴った。
彼女はエプロンからそれを取り出して画面を見た。電話ではなくメールの着信だったようだ。嬉しそうだ。
慶子さんは笑顔を残して奥へ消えた。
僕は悟った。慶子さんは僕を選ばない。古本屋の店主でもない。慶子さんの意中の相手は他に居るのだ。
ちょっと、がっかりだ。たばこを点ける。
こんな日はDVDでも借りて映画を観ようか? 脱力感を癒すには映画がいい。僕は千円札を置いて出ようと思った。
その時だった。
「あの……すみません」
窓際の若い女性が声をかけて来た。
「はい? 僕ですか?」
「ええ。ライターを貸していただけません?」
彼女は細身のたばこを指に挟んで掲げた。同じぐらいの年代に見える。
「えっ? ライター? ええ。いいですとも」
「良かった。あなたが居てくれて」
彼女は眼を細めて微笑んでいる。
たばこ愛好家が火を貸して貰うことは珍しくない。それが初対面であったとしてもだ。気軽に談笑を交わすきっかけになるのだ。
「吸いません 火を借りながら たばこ吸う」
僕は、抑揚をつけながら、だじゃれ川柳を言ってみた。
「えっ? まあ! うぷぷぷっ」
彼女は、可笑しそうに身体を揺すった。
冗談が通じたので嬉しくなった。
僕はライターを掴み、ゆっくりと彼女に近づいた。
コーヒーを、おかわりしようと思った。
―了―
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