第1章

3/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
人影までおよそ2メートル。といった所で人影から声をかけられた。 「………誰?」 なめらかで澄んだ声だった。美しい声だと思った。 「………?」 彼女と俺との間の空気に緊張が走る。警戒しているのだろう。当然だ。 「…誰?ですか?」 彼女の声に焦りを感じた俺は慌てて取り繕った。 「あっ怪しい者じゃない!ただ散歩していただけだ」 下手な言い訳のようになってしまったが事実だから仕方ない。 「…そう、ですか」「うん、そう。……ってそれだけ?」 更に警戒されると思っていたら拍子抜けしてしまった。 「はい。怪しくなくて、散歩中なんですよね?」 「……そうだけど」 案外、胆の据わった人なのかも知れない。 それとも抜けているだけか。 彼女は警戒を解いたのかこちらを向いて少し距離を縮めた。 近くに来ても彼女が小柄な少女という事しかわからなかった。 その小柄な少女はなにをしていたのか。気になった。 「君は何をしていたんだ?こんな真夜中に」 明らかに危険だ。女性が、ましてや小柄な彼女が一人で出歩くべきではないだろう。 「……星」 彼女はポツリと呟いた。 「星?」 「そう…です」 呟きを反芻した言葉に彼女は肯定した。 「星……ね」 見上げると雲一つない星空が広がっていた。 「今日は月がないから良く見えるんです」 月がないからこそ彼女の姿はみえないのだか。 不意に彼女の右腕の影が空を指した。 「アレがオリオン座。アレがおおいぬ座。アレがこいぬ座です」 どうやら説明してくれるようだ。 オリオン座はなんとなくわかるが他は星座の形すら知らない。 「オリオン座のベテルギウスとおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンで冬の三角形が出来ます」 しかし懸命に説明を続ける彼女に水をさすのも気がひけたから 「なるほどな」 と相づちをうつ。 それから三〇分程だろうか、彼女と話していた。というより話されていた。 「ごめんなさい。私ばかり話してしまって!退屈でしたよね?こんなに寒いのに」 彼女は語りから我に帰ると取り乱してそう言った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!