桜咲く

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「くそっ、なんてザマだ!」 続けざまに罵声を放ちながら、男は暗がりを走った。 自らのミスに苛立ちは募るが、もはやどうすることも出来ない。 男はただ走り、追いすがる者たちからの逃げ切りを図った。 「しまった、行き止まりか」 土地勘に暗い男は、袋小路へと迷い込んだ。 追っ手が、すぐそこまで迫っている。 男に、選択の余地はなかった。 「帰ったら、始末書ものだな」 男は腰のホルダーから、拳銃を抜き放った。 この国では、拳銃は使用はもちろん、所持しているだけでも罪に問われる。 だが、男はそれが許された立場であった。 いわゆる、捜査機関の人間である。 とは言え、許可のない銃の使用は、罰則の対象になる。 しかし、罰則も始末書も、ここから生きて帰ってこそのものであった。 「近づくな。それ以上近づけば、発砲する」 規定に従い男は警告するが、追っ手は意に介さなかった。 男は覚悟を定めて銃を構え、放つ。 銃弾は対象へと的確に命中し、男の口から安堵の吐息が漏れた。 だが。 「おいおい、嘘だろ?」 男を襲う危難は、終りではなかった。 「くそっ、もうどうにでもなれ!」 男は銃を乱射した。 そして隙を突いて、袋小路から脱出する。 「畜生、どうしてこうなっちまったんだ」 再び走り出した男は、事の発端を思い返した。 あの時、あの人物を信用さえしなければ。 男は血が滲むほど唇を噛んだが、覆水は盆に返らず、過ぎた時が戻ることはない。 今はただ、生き延びることに全力を注ぐしかなかった。 そしてとうとう、男の逃避行に終わりの時が訪れる。 追っ手を振り切り、男は車までたどり着いたのだ。 「よし、助かった」 男は確信し、車のキーを取り出す。 だが、その直後。 「がはっ!」 男は背中を殴打され、痛みと衝撃で地に転がった。 「お、お前は……」 男の瞳に、自分を殴った者の顔が映る。 それは、彼を裏切り、窮地に陥れた張本人であった。 「て、手を上げろ!」 男は倒れたまま、銃を構える。 が、相手はいささかも怯まず、不敵な笑みを見せた。 そして。 「くそっ、やめろ!やめてくれ!」 男の言葉は、それが最後となった。 ーーー
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