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「知ってるか?桜って、全部クローンなんだぜ?」
春。
今年も桜前線は順調に北上し、列島は例年のごとく淡い白桃色のグラデーションに色づき始めた。
四月の初旬である今日、この辺りにも開花宣言が出されたところであり、気の早い花びらがはやくも春風に舞う。
川沿いを吹く風は春と言ってもまだ冷たく、ちらほらと白い花を付け始めた土手の桜並木も、どこか寒そうな様子でそよいでいた。
その桜並木を見るとはなしに眺めながら、男は傍らの女に語りかけた。
「なんでも、全部の桜が、元をたどれば同じなんだってさ」
「ふうん」
語りかけられた女は、興味のあるようなないような返事を返し、桜並木を見つめる。
昼下がりの日差しが、二分咲き程度の桜と、肩に満たない女の黒髪を暖かく照らしていた。
「そう言えば亮平、今度桜の記事書くんだっけ?」
「ああ。某科学研究所が『桜因子』ってのを発見したから、取材してこいってさ」
土手を歩く二人は桜並木から目を離し、明日の生活へと思考を切り替える。
そこには桜のような華やかさはなく、あるのはただため息がでるような現実であった。
「そうなんだ。でも、亮平のところが行くぐらいだから、たいした発見じゃないんでしょうね」
「さあ?俺は政治部志望だから、科学のことはさっぱりさ」
「何言ってんのよ。ゴシップ記者のくせに」
亮平と呼ばれた男は、零細雑誌の編集兼記者であった。
三流に近い大学に在籍中、突如ジャーナリズムの道に目覚めたものの、学歴社会の今日では大手に買い手がつかず、やむなく今の雑誌社に就職したという経緯がある。
いずれはスクープをものにし、大手にヘッドハンティングされたい。
そう思い続けて早二年が経ち、何の成果も上げられないまま今年で二十四となる。
「そこでなんだけどさ。宏美、今度の土曜って空いてるだろ?」
「別に、空いてるけど?」
「じゃあさ、その取材、一緒に行かないか?」
「そんなこと言って、またカメラマンが欲しいだけなんじゃないの?」
「いいだろ?彼氏を助けると思ってさ」
「もう」
亮平の交際相手である宏美は、三つ年下の二十一才であり、大学三年生である。
同じ大学サークルのいわゆる新歓コンパで出会った二人は、交際を始めて今年で五年となる。
就職活動で忙しく企業を回る傍ら、趣味の山登りや写真撮影も楽しむ、活動的な女性であった。
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