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今年で入社三年目となる亮平はまだまだ駆け出しであり、確実なスクープ情報でもないかぎり専門のカメラマンはつかない。
なので亮平は、写真撮影が趣味でカメラの扱いにも長けた恋人の宏美を、今までも度々取材に同行させていた。
「あのね、あたしが好きなのは山とか空とかの、風景写真なんだからね」
「大丈夫だって、今回は桜だからさ。宏美、花も好きだろ?」
もちろん、取材を宏美に手伝わせることは、編集部にも許可をとっている。
いうなればアルバイト扱いなのだが、その賃金はいつも微々たるものであった。
「もう、あたしが言いたいのは、いつまでもあたしに頼ってちゃ駄目だってこと。ずっと手伝えるわけじゃないんだよ?」
「何でだよ?俺たち、ずっと一緒にいるだろ?」
こういうことを素面で言えてしまうところが、亮平の良いところであり、悪いところでもある。
意図せずして琴線に触れる台詞を吐くことが出来るを恋人に、宏美はただ頷くしかなかった。
「じゃあ、土曜は朝八時な。遅れるなよ?」
「ちょっと、それだけ?もっと詳しく教えてくれなきゃ、わかんないよ!」
桜並木を横目に見る土手添いの十字路で、二人はそれぞれの帰路につく。
こちらに手を振りながら元気良く走り去る恋人の後ろ姿を見ながら、宏美は万感漂うため息をつくのだった。
ーーー
そしてその当日。
約束から三日経った土曜の今日は、気持ちの良い青空が広がる、まさに快晴の朝だった。
宏美は土手添いの十字路で空を見上げつつ、首に提げた一眼レフデジカメを構えて早速シャッターを切る。
四月にしては珍しい雲一つ無い青空は、見事にファインダーの中に切り取られ、モニターを確認する宏美の顔に喜色を彩らせた。
どうせなら、青空を背景に桜並木も入れてみようか。
そう思い付いた宏美は、土手を降りて河原の方へ向かおうとする。
と、その時、カメラを手にした肩に満たない黒髪を、車のクラクションが振り向かせた。
「ごめん、宏美。遅くなった」
「もう、自分から誘っといて、遅れる人がいる?」
「ははは。ごめん、ごめん」
頬を膨らませて助手席に乗り込む恋人に、亮平は悪びれない笑顔を返す。
そして車をUターンさせると、土手添いの道を先日と逆行するかたちで発進させた。
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