桜咲く

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「結局聞きそびれたけど、目的地はどこなの?」 「ん?N県だけど?」 「うそ?四時間ぐらいかかるじゃない!」 「大丈夫だって。交通費は、会社が支給してくれるからさ」 そういう問題ではないことに気づかないところは、確実に亮平の悪いところである。 片道四時間ということは往復八時間ということであり、必然的に泊まりということになる。 何も聞かされていない宏美の荷物は、小さなバッグが一つと、お気に入りのデジカメだけであった。 「ちょっと止めて!あたし、何も用意してないんだよ?」 「無理言うなよ。もう、高速乗ってるんだぜ?」 県道に出た車は、高速道路のインターチェンジを通過したところであった。 ETCから発せられる合成音声が、宏美の怒りのボルテージをさらに引き上げる。 「何で先に言ってくれないのよ!あたし、着替えも何も持ってないのに!」 「大丈夫だって。俺も持ってないからさ」 「そういう問題じゃないでしょ!」 「いやいや、だから、夜には戻ってくるんだって」 「え?」 車は順調に加速し、高速道路の本線に合流した。 車窓に流れるビル群の窓が、陽の光を受けてきらきらと輝く。 だがそういった景色に気を配る余裕のない宏美は、固まってしまった思考をほぐして、亮平の言葉の理解に努めた。 「往復八時間を、日帰りするってこと?」 「だから、そう言ったら、来ないだろ?」 「当たり前よ!!」 そう怒鳴りつけて顔を背けると、宏美の瞳に空の青さが映った。 清々しいほどの快晴までが、この時の宏美の苛立ちを助長する。 往復八時間の道のりを日帰りだなんて、冗談じゃない。 いや、それよりも許せないのは、亮平がそれを隠していたことだ。 正直に話して頼むならまだしも、隠して騙して連れてくるなんて、許されることではない。 宏美の怒りはもっともなことであり、異論を差し挟む余地のない正論であった。 だが、今年で五年に及ぶ交際期間が、その正論に別のアプローチを投げかける。 つまり付き合いの長さから、亮平にさして悪気がないということも、宏美には分かっていたのだ。 たぶん、亮平にしてみれば、軽いサプライズのつもりなのだろう。 どちらかと言えば宏美はサプライズ好きなので、きっと喜ぶと思ったのだ。 まったく明後日の思い込みだが、亮平ならやりかねない。 そう考える時点で、自分が彼を許していることに、宏美は気がついた。
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