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「綺麗……すごく、綺麗……」
「ああ……」
息をのむ圧巻の光景が、二人の前に広がっていた。
見渡す限りその全てを、満開の桜が埋め尽くしているのだ。
行くてや周囲はもちろんのこと、小径の両脇から張り出した枝が頭上すらを覆い、さながら桜の天蓋に包まれているかのようだった。
そしてその天蓋からは絶えずはらはらと花びらが舞い落ち、足元も、そして空間でさえも桜色が濃密に満たしている。
そんな幻想的な光景に二人が我を忘れて見入っていると、行くての小径に人影が現れた。
桜吹雪舞い散る中をしっとり歩み寄るその影は、白衣を纏った女性であった。
胸元まで伸びた長い黒髪がどこか和人形を思わせるその女性は、桜に魅入る二人の前まで歩み寄ると、色気のある柔らかい笑貌を見せた。
「一番良い時期にいらっしゃいましたね。ここの桜は、今が見頃なんですよ」
そう言って微笑む女性は美しく、そして周囲の桜のように妖艶ですらあった。
そのあまりの美貌に亮平が思わず言葉を失っていると、女性は少し微笑みの毛色を変えて名刺を差し出した。
「お電話頂いた、雑誌社の方ですよね?」
「え?あ、はい。雑誌記者の大島といいます」
唐突に幻想世界から現実へと引き戻され、亮平は慌てて名刺を返す。
それを横目で見ていた宏美はやや呆れたが、目の前の女性を見れば仕方ないかとも思った。
「大島亮平さん、と、そちらの方は?」
「こっちはアシで……」
「はじめまして、アシスタントの土肥宏美です」
亮平の紹介を遮って、宏美は自己紹介をする。
亮平はアシスタントのことを『アシ』と略す癖があり、その略語で紹介されることが宏美はあまり好きではなかった。
『アシ』は『足』に通じ、どこか無碍に扱われている感がある、というのが宏美の持論であったが、亮平には一笑に付されていた。
「はじめまして。ようこそいらっしゃいました。私は当研究所の研究員で、染井と申します」
和人形を思わせる女性が答礼すると、その長く美しい黒髪に桜の花びらが流れた。
亮平の受け取った名刺には、『主任研究員、染井静香〈ソメイシズカ〉』と記されている。
染井と名乗ったこの女性は、当該研究のどうやらリーダーであるらしかった。
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