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次の日、いつものように女がやって来た。
あんな飛び出し方をした割に、女は普段と変わりなく、俺にじゃれつく。
すがる体を引き離して、俺は躊躇なく別れ話を切り出した。
「いやだ、この間は私が悪かった。別れるなんて嫌」
女は駄々っ子のように頭を左右に振り続けた。
お前にはプライドってもんがねーのかよ。
俺は呆れてタバコに火を点けようとライターを探った。
……ポケットに入れたはずのライターが見当たらない。
舌打ちをして部屋を見回すが、普段ライターを持つことがないので部屋に予備はなかった。
ふと、壁に投げつけたジッポを思い出す。
と同時に疑問が沸いてきた。
クローゼットにしても差し支え無さそうな場所を壁にしているにも関わらず、壁の向こうは空洞らしい。
ジッポを当てたくらいで貫通するほど、薄い板が張られているのだろうか?
俺はのろのろと、空いたまま放置していた穴の前に立った。
ちょっとした好奇心だった。
覗いてみる。
形容しがたい臭いが鼻を突く。
顔を遠ざけて、穴の部分に指を引っ掻けてみる。
薄い板の向こう側にはなにやら白いものが付着していて、ぼろぼろと崩れた。
「何してるの」
女が傍らに立った。
俺は指に力を込め、手前に引いた。
バリバリと音を立てて、穴の幅より少し広めに、縦に亀裂が入る。
もう少し力を加え、亀裂に沿って剥がれた板を折り取った。
……そこから覗いたのは暗い闇と、
薄汚れた白っぽい物質。
誰もが絵ないし写真で見たことのあるであろう骨が、左半分ほどその姿を晒した。
女が金切り声をあげ、腰を抜かす。
本物のそれに対峙した俺は、あまりの驚きに声すら出せず立ち尽くした。
……視線は間違いじゃなかった。
見られていた。
壁の向こうから。
失った眼球の、その奥の深い穴で。
ジッポが開けた穴。
それはちょうど、それの左目の部分だった。
眼球を失っている空洞は、ジッポを受け止められず、壁の内側に落としたのだ。
女が半狂乱で叫ぶ。
後ずさったところに女の足があったせいで、俺は派手に後ろに転んだ。
その様子を、ぼっかりと空いた暗い穴は、壁の中からじっと見ていた……。
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