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……これから少女が会う予定の人物がいつも待つその店の、一際大きなガラスの自動ドアが開かれると、けたたましい電子音と光の群れが少女を迎え入れる。電子の不協和音は人の三半規管にダイレクトに刺激を与え、時間や場所を認識するための感覚器官を侵食し、その心の全てを快楽で満たす。至極まともな人間であれば目眩すら憶えてしまうだろう。
とはいえその光と音の大洪水の中でも、一切迷う事無く少女はそこへ辿り着いた。正確には先に“そこ”にいた一人の少年の元に。
「……待ったかしら、脩」
「俺はもうちょっと遅くてもよかったんだがな。見ての通り取り込み中だぜ、リリィ」
シルバーのトップスとモスグリーンのロングパンツ。深い群青の髪にシルバーのメッシュを入れた華奢な少年。
年は一〇代半ばを越えたあたりだろうか……だがそれに全く見合わない、冷たくも烈しい気魄めいたものをその身に宿した少年は、傍らのリリィという少女に対し、あくまで淡白にそう答えた。
「一応私の業界も信頼第一だからね。それとも貴方、約束の時間は守りましょうってお母様に教わらなかったのかしら?」
「教わった事は教わった。だが何もその辺秒単位できっちりする事無いだろう。かえって気味悪いぜ」
脩と呼ばれたその少年は少女・リリィと流暢に言葉のやり取りをしつつも、その瞳をしっかりと年季が入ったゲーム筐体の液晶画面に向けている。
八十年代も後半にリリースされた、縦スクロールシューティングゲームの先駆け的作品『ガルレウス』だ。
高性能戦闘機・ゼロスを駆って、対空兵器のバルカンと対地兵器のナパームを使い分け、襲い来るガルレウス軍の敵を倒していくという、オーソドックスなシューティングゲームである。リリースから彼是三〇年以上過ぎた今でもこのゲームセンターでは未だに現役どころか、都内の名だたるシューター達がそのスコアを日々競う、千代田区界隈では名の知れた、ちょっとした闘争の中心点であった。
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