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「以下の者、退学処分に処す」
とある朝のとある公立高校の掲示板に、その文字が躍った。明朝体の黒く太い文字、わざと大きく表示されたある人物の名前。
それの存在を認めた生徒達は次々にどよめき、ある者は嘲りの笑いを漏らし、ある者はその顔を青ざめさせた。
退学掲示……それはかつてここの生徒であった、今はここにいない一人の少年を、赦されざる咎人とするもの。
だが、誰一人気付くものなどいない。少年の罪も、そして少年への罰も、彼を蛇蝎の如く疎む心悪しき存在により、精巧かつ丹念に作り上げられたものである事を…………。
その少年にとって、学校はまさに戦場そのものだった。
少年……名を、米田憲太郎という。一四〇センチ足らずの身長で小太り、顔は最悪、茸のような御河童頭に黒縁眼鏡。
この地区では偏差値最低ランクのこの高校の中でも授業の成績は下の下、運動は全く出来ず、無論友達も恋人も皆無。
自我は殆どないと言っていいほどに心身ともにか弱く、たまに学級委員会などで意見を出しても相手にすらされない。
部活動に精を出しても思うように腕が上がらず、戦力にならないとして直ぐに強制退部。
外には居場所も何もなく、彼の唯一の遊び相手はコンピューターゲームだけ。
そんな子供だったから、実の両親も親戚一同も彼を“米田家の恥晒し”と絶えず冷遇していた。
そんな絵に描いたような劣等生であった少年が、苛めという卑劣な行いの標的となる事は、ごく自然な流れだった。
教科書などの持ち物を隠されたり、上履きの中に大量の画鋲を敷き詰められていたなどというのはまだ序の口。
放課後ともなればほぼ毎日校舎裏へ連れて行かれ、自分よりちょっと勉強が出来るクラスメイトから壮絶な私刑(リンチ)を受ける。
殴られ、蹴られ、彫刻刀で切り付けられ……。一切の容赦も手抜きもなく、彼等は日毎、少年に理不尽な暴力の嵐を浴びせた。
絶対に、抵抗するななどと言った上で。ゆえに少年は、只管それを受け続けた。
我慢しきれなくなって彼等からの禁を破り、此方から手を出すとそれは更にエスカレートし、あの時は本当に殺されるのではないかと恐々としたものだ。
今になって思えば、むしろ殺されていた方が幸せだったのではないかなどと、身も世もない事を考えた事もある。
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