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【眩しき闇】
「気持ちいいわねぇ……」
午後五時三八分。東京・秋葉原、中央通り。
沈みゆく太陽に照らされた無数の大型家電店とサブカルチャー専門店からなる黄昏時のビル街の狭間。
無個性な人々の群れの中を瀟洒な足取りで行く少女は、煤煙に霞んだ空を見上げ、悠然と一つささめいた。
チョーカーとスカートの両サイドに蝙蝠のモチーフをあしらい、フロントに複雑な編み上げを仕込み、どっさりと波打つ三段のフリルがついたモノトーンのワンピース。
軽く波打ったセミロングのプラチナブロンドの髪にはアクセントとして服と同じ色のヘッドドレスが載り、黒く分厚いタイツと小さなリボンが二つ付いた、華奢な足を彩る黒のカッターシューズ。等身大のアンティークドールを思わせる、ステレオタイプのゴシックロリータを纏った少女……。
魔女(ウィッチ)という形容詞が一番似合う少女は、藤色のコンクリートジャングルを行き交う人々の眼には、あまりにも眩しい闇を内包していた…………。
秋葉原。昭和初期からラジオの部品や電気商材の問屋街として発展し、戦後は電気製品の闇市でその基礎を磐石のものとし、高度経済成長期以降は家電・パソコン製品やサブカルチャーの店により少しずつ形を整えていった、亜細亜最大級の電気街。
日本を代表する産業の筆頭たる場所であり、かつては血みどろの惨劇の舞台でもあった街は、今も変わらずネオンサインとキャラクターの群れ、そしてその大海原の中を鰯の如く回遊する人々によりその形を成している。
そんな光と音と機械と、何より濃密なカオスで出来た世界(まち)の中でも、少女の両足は迷い無く一つの場所へ向かっていた。
「いつ来ても、ここは喧しいわね……」
秋葉原のメインストリートである中央通りから一つ角を曲がり、電気街口を渡って神田明神通りに入ると辿り着くのは、中央通りや駅前の電気街口エリアよりも更にディープな世界の様相を呈する、通称“アジアンサイバー街”。
中古パソコンやそのパーツを扱う専門店が軒を連ねる、まさに機械の密林。今の所謂萌え要素という言葉にムラなく塗り潰され、今やすっかり埋もれてしまったような場所に、そこはあった。
過剰とも言えるほど清掃が行き届いた真白い壁と窓ガラスに数多の光と音を反射させる、老舗のゲームセンター。既に築ン十年は軽く超えているだろうが、ここの店主は中々どうして潔癖な人物らしい。
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