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渡された紙には、大したことは書かれていなかった。薄いカーボン紙のような材質で、めくってもめくってもびっしりと文字で埋まっている。そして、その全てに「なぜ我々は常に"何者か"でいなければならないのか、といったようなことが書かれていた。
「誰も、ひとりで生きることは出来ません。あなたがあなたとして存在するためには、あなたをあなただと認識してくれる誰かが必要なのです。そうして、人々が誰かの存在を認識するために必要な眼鏡が、『分類』ということです。
分類なしには、私たちは混沌とした世界に放り出されてしまいます。あなたが目の前の机を『机だ』と認識できるのは、私たちの世界に『こうした形状で、こういう役割を果たすものは机である』という暗黙の了解があるからなのです。反対に言えば、分類されているからこそ、特定の何かの役割を果たすことが出来るのです。何者でもないひとは、何事も、行動を起こすことはできません」エトセトラ、エトセトラ。
正直に言ってどうでも良かった。僕は溜息をついてカウンターに戻った。もう、女性の顔のことなどどうでも良くなっていた。
「これを全部読まなくちゃいけないんですか」
僕が尋ねると、女性は「そういう決まりです」とだけ言った。目は僕を見ずに、僕の後ろの壁を見ているようだった。腹は立たなかった。
「なら、もう読みました」
「はい。では希望を書いて下さい」
渡された紙には、第一希望から第十二希望までの記入欄があった。僕は慎重にペンを取って、それからしばらく考え、めちゃくちゃに記入することにした。やかん、傘、小鳥、猫、いっぱいの数字、それから雲とか青――。受付の女性は、黙って僕が書き終えるのを待っていた。
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