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『人って奴はさ、ほどよく不幸であるべきなんだよね』
男の声だった。妙に耳に残る、その声が響く。
『だってそうだろう? ほどよく不幸で、不運であるべきなんだと、僕は思うんだ』
『思わないかなぁー。だってそうだろ。不幸で不運であるほうがいいと、僕は思うんだよ。その方がいいだろ?』
ビルの屋上だった。私はフェンスの近くに立ってその男と話している。そう、私はその男と一週間、過ごしたのだ。男の言い分にわからずにいると、男が微笑みかけて言う。
『幸福なんてさ、長続きしないんだから、求めるだけ無駄だよ』
でも…………、私はいったいなんて言ったのか。思い出せない。なんて答えたんだろう?
『けれど、君が幸福になりたいって思うなら……その方法を教えてあげるよ』
いつのまにか、背後にあったフェンスが消えて、いや、最初からなかった? そんなことはどうでもいい。
『…………それは、ね』
男の指が首に伸びる、細くて長い指が首を絞める。がっ!? 呼吸が止まるのに軽くパニックになりながら、男の手を振り払おうとするけれど、その力強さに振り払えない。だんだん意識が遠退いていく。
『死ぬことだよ』
グィグィと首を絞めながら、男がニヤニヤと笑い、
『そうすれば、幸福だったことは永遠になくならないよね。幸福のまま死ねるなんてよかったねぇ』
ポロポロと涙を流し、ニヤニヤと笑いながら言う。
『君が最高に幸せなんて、言わなければ殺さなくてすんだのに、本当に残念だよ』
首を絞めて、そのまま落ちる。何も思い返すことなく地面がやってくる。頭が地面と接触、頭蓋骨が陥没して、脳味噌が潰れて脳漿と血が吹き出す。首の骨が折れたのか、声が出ない。ビルの屋上に立ち、見下ろす男がニヤニヤと笑いながら言った。
『ほら、君は幸福になったよ。よかったね。幸福な一週間、ゴールデンウイークってやつだよ』
『ふざ、ける…………なっ』
最後にその言葉だけを口に出し、私は幸福な一週間を繰り返す。
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