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氷に足を取られて転びそうになる黒フードはギリギリのところで手を突っ張り、顔面から地面に倒れないように支えることに成功していた。
足を両方取られている為、少々妙な格好になっている恥ずかしさには同情するが、それ以上思うところはない。
ま、これ以上見ているのはどうかと多少なりとも思う。
「頑張っているところ悪いけど、荷物は返してもらうよ」
踏ん張っている間に近づいた俺は、そう告げながら彼の腕から女の子っぽいカバンを取り返す。
彼が腕で踏ん張ったことで僅かに付いた汚れを払い落としていると、チラリとだがカバンの中に短刀のようなアーツが目に入った。
それを見て俺は納得する。
彼女がどうして魔法を使って彼を追いかけなかったのか。それは盗られたカバンの中にアーツが入っており、魔法を使おうにも使えなかったからだ。
女の子ならファッションの関係上、身につけるわけにもいかないと俺は知り合いの女性陣に散々聞かされた記憶がある。
護身用のアーツも盗られてしまっては意味がない。
思わず出てきた苦笑を押し込むと俺は真剣な表情をして男性の方へ振り返る。
「さて、お前の処遇だけどさ、そろそろ警察来ると思うから観念したほうがいいよ」
あまり感情を込めずに告げると男性はぎょっとしたような表情をする。
おそらく「いつの間に」とでも思っているのだろう。確かに俺は彼の目の前で携帯を使った素振りは見せていない。
だが、俺には携帯以外にもベルという連絡役のような存在がいることを彼は知らない。
というか普通の人間は知らない。
知るはずがないのだ。精霊が…本来の精霊が、人間とほとんど変わらない存在であるということなど、誰も知り得るはずがないのだ。
「私のカバン!」
俺が若干物思いに耽っていると、路地の向こうから先程の少女の声が聞こえてきた。
服装が乱れていることから、盗まれたカバンを取り戻そうと人に揉まれながら一心不乱に追いかけてきたことが伺える。
俺の傍まで息も絶え絶えにたどり着いた彼女はカバンを持った俺の姿と、足を氷漬けにされている盗んだ犯人の姿を認識すると、目を開いて状況を理解しようとする。
追いかけていた相手を別の人間が捕まえて、自分の目的の物をその人間が持っていたら一瞬戸惑ってしまうことは、さすがにわからなくもない。
だからこそ俺は先に行動をとった方がいいと判断した。
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