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「水の中、ですか?」
「そう、水の中。プールや風呂じゃあ役不足。水を全身で感じたい」
「素敵に夢ですね。私なんて泳ぎたいだけですよ。私の夢はまた先輩と泳ぐ事、ですかね」
優しい後輩だ。頼もしい後輩だ。可愛らしい後輩だ。なにもかも優れた後輩だ。相変わらず八方美人と言うか。けれど、私はその中の一つを欲しい。
「有り難う」
「先輩。先輩は……あの」
言い難いのか口をもにょもにょと捏ねる。立ち止まり、振り返った。頭を下げた。突然だ。
「先輩、大学に進んでください!」
「でも、お金の問題もあるから」
苦笑いで答えたら、後輩は涙滲む目で私を見上げる。手を胸元で握り、心細そうに。この後輩なら、私がいなくても華やかだろう。私だって霞むだろう。頼もしい後輩だ。
「どうしても、最後なんですか……?」
「……うん。ごめんね」
頭を撫でた。湿った髪が指に絡む。滑る髪。滑らかで艶やかな髪だ。子犬のような顔をする後輩を宥める。
「じゃあ、最後の大会になるんですか……。寂しいです」
「確かに、ね」
私は海に目を伸ばした。
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