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それよりも、遠藤が気にしたのは別の一点である。
「な、何言ってるの。この天秤はまだまだ私の幸せの為に働いてもらうんだから。例えマキと不仲になっても、天秤は使えるはず……! あ、そういえば売り物だって言ってたっけ。だったらお金はいくらでも払うから!」
遠藤は男が現れたことや言動から、彼がこの天秤を回収しに来たのだと考えた。当然、はいそうですかと手放せるような代物ではない。
「やれやれ……お前さん、すっかりこいつの虜ってことかい」
だが、男の反応は遠藤が予想した通りではなかった。擦り寄るように食い下がる遠藤を前にし、男はやれやれの体でため息を吐く。その動作を見た遠藤は、内心に宿す焦燥を一層強めた。
何をやっても上手くいかなかった自分を良い方向に導く〝幸福生産機〟が、目の前で取り上げられようとしている。遠藤にとって、これは死活問題だった。
これは決して大げさな表現ではない。今の遠藤は、天秤なしの生活など想像できなかった。
「あなたが言ったんじゃないですか、これを使ってチャンスを掴んでみせろって。だから私、掴んでみせたんです! この天秤を使って!」
「……そう、お前さんは幸福にしがみついた。だが、掴んでなんぞいない。お前さんは掴み損ねたんだ」
ふうっと、不穏な風が駆け抜けた気がした。勿論ここは屋内であり、そんなはずはない。だが、遠藤は確かに風のようなものを感じた。
「最初の問いに答えようか。といっても、嬢ちゃんは少し勘違いしてるみたいだがな」
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