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男は壁に預けていた体を起こし、しっかりと遠藤の目を見据えた。きちんと立つと、意外な長身であることがわかる。
「俺が幸福の天秤を持ち帰ろうが否が、お前さんがこいつを使えることはもうない。何故なら――お前さんの運を支えてきた親友、マキとか言ったっけか。あの嬢ちゃんが、亡くなったからだ。いくら幸福の天秤だろうが、死人から運を取ることは出来ん」
「……は……?」
男の表情は動かず、心情が読み取れなかった。目だけが、異様にギラギラと光っているようにも感じられる。
また、相変わらずの様子であるとはいえ、男があまりに事無さげにいうので遠藤はその内容をすぐに飲み込む事が出来なかった。
一秒、二秒と、壁掛け時計の刻む音だけが正確なタイミングで部屋に響き続けている。
「え……嘘、冗談だよ。だって、さっきまで……マキは、私と一緒にいたんだよ。一緒に飲んで、喧嘩もして。死んだなんて――」
「本当のことだ。信じられないなら、死体を運んで来てやろうか? ……断っておくが、勿論俺が殺したわけじゃないからな。お前が、そう望んだんだ」
男の表情は変わらない。だが、口調はあまりにも冷たかった。
遠藤は何を反論すべきかわからなくなり、凍る。
「お前さん、最後に彼女になんて言ったか覚えてるか?」
――死ね。
自分の声が、自分の脳内で繰り返し響く。常の自分なら決して使わないであろう、強い敵意の言葉だ。
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