天秤は真実を腕に、炎を燃やす

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やはりな、と男は呟き、胸ポケットに手を入れた。 おもむろに取り出したものは、今時見かけない極太の葉巻だ。 「じゃあ別の質問だ。幸福の天秤を使うにあたって四つのルールがあった。お前さんは随分と軽い気持ちで破ってくれたみたいだがな。その理由はわかるか?」 『随分と軽く』という言葉に合わせて向けられた厳しい視線に内心を冷やしながら、遠藤は添えられていた説明書に述べてある、四つのルールを言葉に出して思い返す。   一、必ず一摘みずつ移すこと   二、短期間に使いすぎないこと   三、移した砂は戻さないこと   四、移す砂がなくなった時、この天秤を破棄すること 「ルールの一。砂を一摘みずつ移すのは、一度に沢山の運を奪いすぎない為だ。あくまで『お裾分け』程度にもらう内は問題ないが、多くの運を奪えば奪われた側にも少なからず影響する」 男は説明しながら葉巻をくわえると、いつの間にか取り出していたライターで火をつけた。 濃い灰色と独特の香りが、狭い室内に漂う。 「……二。短時間に使いすぎないようにするのは、一のルールと同じ理由だ。気付いていたかどうかは知らないが、砂を動かせば天秤は傾きを変える。この傾きは、重さじゃない。時間と共に元の傾きに戻っていく。つまり、あまり傾くようなら使用を控えろ……というサインだ」 男は二つ目の説明を終えると、煙を大きく吸い、ゆっくりと吐く。 喫煙習慣のない遠藤は、煙の強烈な刺激にむせた。 「三。そもそも『一握の砂』の総量は、取って問題ない運と等しくなる量だけ入れてあった。これを戻し戻し使えば、対象者は際限なく運を奪われる。おまけに、元々戻さないことを前提に設計された天秤だ。色々とおかしくなる。例えば、二のルールに関わる天秤の傾きが不正確になる、とかな」 遠藤はようやく、男の言いたい事が理解できてきた。 同時に、少しずつ心の奥底から、染み出すようにじわじわと感じる、冷ややかな真実が見えてくる。
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